いよいよ出産の時。赤ちゃんは頭が1番大きいことが多いので、頭が通過したらほとんど終わりと言っても過言ではありません。むしろ会陰裂傷を少なくするために、力を入れないよう声かけされる盤面です。
しかし、稀ではありますが、赤ちゃんの肩の部分が引っかかって出てこないことがあります。誰にも起き得る、超緊急事態。今日はそんな肩甲難産についてお話しします。
目次
1. 肩甲難産って何?
分娩の流れをイラストに示します。
赤ちゃんは頭の向きや体勢をうまくかえながら、骨盤を下に降りてきます。
通常、赤ちゃんは頭が1番大きいので、頭さえ出ればその後の肩・体幹・足は”つるん”と出ることがほとんどです。肩が出る時(イラストの⑥〜⑧の過程)には、赤ちゃんは自ら肩を前方に内旋させて肩幅を小さくした状態で出てきてくれます。
一方、肩甲難産は、赤ちゃんの肩がお母さんの恥骨(前の骨)あるいは岬角(後ろの骨)に引っかかって出てこれない状態です。「児頭娩出の後、通常の軽い牽引で肩甲が娩出されず、60秒以上経過した場合」と定義されています。
2. 頻度とリスク因子
発症頻度は経腟分娩の0.9%(0.6〜1.4%)と報告されています。
肩甲難産は、発症前にある程度の予測を立てておくことが何よりも重要。
怪しいかもしれないなと思ったら、助産師さんと”この妊婦さんは肩甲難産のリスクが高いね”と情報共有するようにしています。
具体的に肩甲難産のリスクにはどのようなものがあるのか、「分娩前からわかること」と、「分娩中にわかること」の2つにわけて説明します。
1. 分娩前のリスクとは
- 肩甲難産の既往がある
- 赤ちゃんが大きい(巨大児)
- 妊娠糖尿病、糖尿病合併妊娠
- 母体BMI>30
- 母体低身長(150cm未満)
- 予定日を超過した過期産
- 骨盤形態の異常
- 分娩誘発
- 男児 など
肩甲難産の最大のリスク因子は「巨大児」です。しかし、「肩甲難産の50%以上は正常体重児に起こる」ことも知られており、一概に述べることは出来ません。
さらに4000g前後の推定体重は当てにならないことも多いので、なかなか難しい問題なのです。ある研究では、エコーで巨大児を検出することが出来たのは、17〜79%程度であると示しています1)。
3000g推定だったのに、出たら4000g近くだった!なんてことはよくあります。満期になればなるほど、エコーの誤差も出やすくなるのです。妊娠中の胎児計測については、下の記事も参考にしてみてください。
巨大児以外には、「母体糖尿病」「肥満」「母体低身長」などがリスクに上がります。
2. 分娩によるリスクとは
- 遷延分娩/分娩停止
- 器械分娩
- 陣痛促進 など
分娩中のリスク因子としては、分娩が思うように進まない難産であったことと、器械分娩であったことなどが挙げられます。
遷延分娩が増え、器械分娩が増える”無痛分娩”もリスクです。
3. 肩甲難産の合併症
1. 赤ちゃんの合併症
- 腕神経叢麻痺
- 鎖骨骨折
- 上腕骨骨折
- 低酸素脳症
- 死亡
肩甲難産の赤ちゃんの合併症で最も多い合併症は「腕神経叢麻痺」です。肩甲難産の赤ちゃんを早く娩出しようと牽引して、赤ちゃんの首が強く伸展することによって生じます。
腕の動きができなくなったり、場合によっては呼吸障害を生じる事態になったりすることがある疾患です。1ヶ月以内に治癒するものが多いのですが、5〜20%は長期的予後不良となり、後遺症が生じる場合もあります。
また、肩甲難産になると急激にへその緒が圧迫されます。へその緒が圧迫されると、赤ちゃんへの酸素供給が不能になります。これによって生じるのが「低酸素脳症」、そして「新生児死亡」です。
娩出までの安全な時間は5〜7分。それ以上になると低酸素脳症のリスクが上昇するので、小児科の先生と共に速やかな新生児蘇生が必要です。
「上腕骨骨折」「鎖骨骨折」もありますが、”例え骨折してしまったとしても、なんとか赤ちゃんの命を助けなくては!”という、様々な手技の結果として生じていることが多いです。
2. 母体への合併症
- 分娩後大出血
- 第3・4度会陰裂傷
- 恥骨結合離開
- 精神的負荷
お母さん側の合併症としては、分娩後の大出血や大きな会陰裂傷が挙げられます。肩甲難産になった時は、会陰切開を追加したり、追加の処置をしたり、そもそも巨大児だったりするので、これらのリスクが上昇するのです。
また、肩甲難産は前述したように赤ちゃんへの合併症も多数報告されているため、それに伴うお母さんの精神的な負荷も問題になります。
4. リスクが高い人への分娩計画は?
産婦人科診療ガイドラインでは、巨大児が疑われる場合に肩甲難産のリスクを念頭に置いて、分娩誘発や帝王切開術が考慮されると示されています。
産婦人科診療ガイドライン 産科編2020 CQ310より
①巨大児予防としての分娩誘発における利点と問題点を妊婦に説明して分娩方針を決定する(C)。
②分娩遷延あるいは分娩停止となった場合、帝王切開術も考慮する(C)。
- 肩甲難産は誰にでも起こり得る疾患である
- 生命に関わる緊急事態である
- リスク因子はあるが、完璧に予測することは困難
これらを踏まえ、「早めの週数で分娩誘発をする」ことや、分娩の進行が遅い場合は「早めに帝王切開を行う」こと等が検討されます。
肩甲難産は起きてしまうとかなりミゼラブルになります。
そのため、”肩甲難産を起こさないために”、リスクを取らない安全な管理が望ましいとされています。
5. HELPERR(ヘルパーアール)
Advanced Life Support in Obstetrics(ALSO)という、周産期救急に効果的に対処できる知識や能力を鍛える教育コースがあります。
ALSOでは、肩甲難産が発生した場合は”HELPERR”で動くようシミュレーションで練習します。
- H=Help 追加の応援をよぶ
- E=Evaluate for episiotomy 会陰切開の必要性を評価
- L=Legs マクロバーツ体位をとる
- P=Pressure 恥骨結合の頭側を圧迫する
- E=Enter the vagina 腟内手技
- R=Remove the posterior arm 後ろ側の腕を牽出する
- R=Roll the patient 患者を四つん這いにする
これらをもとに、肩甲難産への対応法を見ていきましょう。
1. Help!人員を確保
肩甲難産はなかなか予測が困難な疾患です。どのようなシチュエーションでも、どのような妊婦さんにも起こり得ます。しかも、5分以内で娩出しないといけないという時間制限もあります。考えている暇はないのです。
まずは人員を確保します。自分が手技に集中できるように、新生児蘇生に対応する人、妊婦産の体位を変換する人、恥骨上圧迫をする人、薬剤を準備する人、記録する人など、多くのスタッフを集めます。
2. まず行う処置→E, L, P
- E=Evaluate for episiotomy 会陰切開の必要性を評価
- L=Legs マクロバーツ体位をとる
- P=Pressure 恥骨結合の頭側を圧迫する
肩甲難産だと判断したら、まずは「E:会陰切開」「L:マクロバーツ体位」「P:恥骨上圧迫」を行います。ほとんどの肩甲難産はこの3つの手技で解除でき、無事に赤ちゃんを娩出することが出来ます。
① マクロバーツ体位
マクロバーツ体位とは、両足を挙上し、両膝を母体腹側に近づけるような姿勢のことです。マクロバーツ体位によって、骨盤の傾斜が緩やかになり、母体の骨にぶつかっている赤ちゃんの肩が外れやすくなると考えられています。
スタッフの数が足りない場合は、妊婦さん自身に自分の膝を抱えて頭側に引っ張ってもらうこともあります。
② 恥骨上圧迫
肩甲難産の際、母体の恥骨には赤ちゃんの肩がつっかかっている状態になります。恥骨上圧迫は、赤ちゃんの肩を内旋(内側に回す)させることによって肩幅を狭くし、骨盤を通りやすくさせる手技です。
赤ちゃんの背中方向に立ち、両側の掌を重ねて赤ちゃんの肩を内側に圧排するイメージで恥骨の上を押します。効果的な圧排ができれば、赤ちゃんの肩が恥骨をくぐってくれるのです。
恥骨上圧迫は30〜60秒程度試みます。娩出困難と判断したら、すぐさま次の手技に移ります。
3. それでも無理なら→E, R, R
- E=Enter the vagina 腟内手技
- R=Remove the posterior arm 後ろ側の腕を牽出する
- R=Roll the patient 患者を四つん這いにする
先ほどの処置でも赤ちゃんが娩出できなかったら、いよいよ冷や汗が出てきます。その場合、まず行うのが腟内手技です。
赤ちゃんが挟まっている腟の中に、無理やり手を押しこみます。押し込んだ手で赤ちゃんの肩を骨から外すよう試みるのです。赤ちゃんの肩を内旋させるようにしたり、少しまわして角度をかえたりするのですが、思っている以上に大変な処置です。
それでも娩出が難しければ、腟の中に手を入れた状態で赤ちゃんの手を探り、腕から牽引するという処置をとることもあります。
また、マクロバーツ体位と同様、骨盤を広げる目的で患者を四つん這いの姿勢にさせることもあります。重力の力も借りながら、優しく下方に牽引して赤ちゃんの娩出に努めます。
4. 最終手段
HELPERRを全て試しても赤ちゃんを娩出出来なかったら、最後の手段としてザバネリ法があります。
ザバネリ法とは、赤ちゃんの娩出を諦め、児頭を子宮の中に押し戻してから、超緊急帝王切開を行う方法です。
ただでさえ数分間の処置で赤ちゃんはぐったりしています。子宮に戻したからといって元気が戻るわけではないので、かなり厳しい帝王切開になります。
他にも、母体の恥骨結合を切開したり、赤ちゃんの鎖骨を折ったりすることもあるのですが、私は経験がありません。考えるだけで痛いのでこのあたりで終わりにしておきましょう。
今日は肩甲難産についてまとめてみました。非常にシビアで緊迫した疾患であることが伝われば十分です。
私も過去に1度だけ本物の肩甲難産に当たったことがありますが、一言で言えば地獄でした。幸い赤ちゃんもお母さんも無事だったので事なきを得ましたが、目の前で赤ちゃんがどんどん青くなるのを目の当たりにし、恐怖感でいっぱいになったのを思い出します。
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こんにちは、ゆきです。産婦人科医として働いています。