先日、常位胎盤早期剥離についての記事を書きました。
この記事で、常位胎盤早期剥離の50%が妊娠中の高血圧と関与していると説明していますが、妊娠中の血圧上昇って何が問題なの?という方もいらっしゃることと思います。
今日は「妊娠高血圧症候群」が、いかにありふれた疾患で、いかに危険なのかを説明できればと思います。最近になって定義が変わったり、産婦人科医の中でもホットな話題が多い疾患なので、そんなことも踏まえてお話ししていきますね。
目次
1. 妊娠高血圧症候群(HDP)の定義
妊娠高血圧症候群(hypertensive disorders of pregnancy;HDP)は、日常診療で非常にありふれた疾患の1つです。
妊娠中に血圧が上昇することを言いますが、何より怖いのがHDPが様々な産科合併症の併発につながることです。前述した常位胎盤早期剥離もその1つでした。
妊婦さんの循環血液量は通常の1.5倍近くになっていますが、赤ちゃんに栄養を送るために末梢の血管抵抗が下がっているので、非妊娠時よりも血圧が下がっているのが普通です。
それが上昇しているということは、身体が何らかのサインを出していることになるんですね。
そのサインを見逃さないようにすること。
それが妊娠管理の上で非常に重要であり、妊婦健診の時に毎回血圧や体重、尿検査をするのはそんな理由からなんです。
まずHDPの”高血圧の基準”からお話しします。
- 妊娠中に血圧が140/90mmHg以上→HDPの診断
- 160/110mmHg以上は”重症”HDP
HDPの定義は、「妊娠時に高血圧を認めた場合」です。
血圧が140/90mmHgのどちらかでも超えたら、HDPの診断になります。また、160/110mmHgのどちらかを上回ったら”重症”と判断します。
さらに発症時期によっても区分されています。
- 妊娠34週未満=早発型(early onset;EO)
- 妊娠34週以降=遅発型(late onset;LO)
一般的に、臨床的には早発型の方が重症になりやすいです。
2. HDPの病型分類
HDPと一概に言っても、色々な種類があるってご存知でしたか?
2018年に定義・分類の変更があり、昔とはちょっと変わっているので注意が必要です。
簡単にまとめると次のようになります。
- 妊娠高血圧(gestational hypertension;GH)=高血圧のみ
- 妊娠高血圧腎症(preeclampsia;PE)=高血圧+臓器障害or胎盤機能不全
- 高血圧合併妊娠(chronic hypertension;CH)=妊娠20週より前から高血圧
- 加重型妊娠高血圧腎症(superimposed preeclampsia;SPE)=妊娠20週より前から高血圧+症状増悪or臓器障害or胎盤機能不全
①の妊娠高血圧(GH)の定義は「妊娠20週以降に初めて高血圧を発症し、分娩12週までに正常に復するもの」とされています。
②の妊娠高血圧腎症(PE)の定義は、①に加えて下記が加わったものです。
- 蛋白尿が出る
- 血液検査で肝機能障害がある(ALTもしくはASTが40IU/L以上)
- 持続する右季肋部痛・心窩部痛がある
- 腎機能障害(Cre1.0mg/dL以上)
- 脳卒中・神経障害(痙攣や視野障害など)
- 血液凝固障害(血小板15万以下、DICなど)
- 赤ちゃんの発育が悪い
- 臍帯動脈の血流の波形が悪い
- 子宮内胎児死亡
ずらっと書きましたが、これ全部、妊娠中の高血圧で起こりうるものなんです。肝臓・腎臓・脳・神経、そして胎児に影響…怖いですよね。
これらが認められたら妊娠高血圧腎症(PE)の診断となり、より注意した管理が必要になります。
③と④は「高血圧が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在」していた場合に当てはまります。
簡単にまとめると、高血圧の発症が妊娠20週未満で、
①のGHのように高血圧のみ→③の高血圧合併妊娠(CH)
②のPEのように臓器障害などを伴う→④の加重型妊娠高血圧腎症(SPE)
になるのです。
難しい分類が出てきましたが、HDPにいろんな種類があることを知っていただければ十分です。
症例差はありますが、重症度は「SPE>PE≒CH>GH」でしょうか。
自分がHDPと診断された時、どれに当てはまるのかを理解することが大切です。
3. 白衣高血圧
病院の妊婦健診時に測ると血圧が高いのに、家で測ると正常範囲で問題ないという人が意外といます。これを「白衣高血圧」と言います。
白衣高血圧はHDPではありません。
そのため、妊婦健診で血圧高値を指摘された方に対しては、まず自宅血圧を測定を指示し、自宅血圧の推移によって本当に血圧が高いのか、白衣高血圧なのかを判断するんです。
それでは白衣高血圧であれば問題ないか?というと、そういうことでもありません。白衣高血圧は完全に問題がない状態というわけではなく、GHやPEに進展するリスクが増加することがわかっているのです。
だからこそ、白衣高血圧であっても自宅血圧の測定を継続してもらい、HDPに進展しないか厳重な注意が必要なのです。
4. HDPの関連疾患
HDPには色々な関連疾患があります。これらが発症すると母児共にかなりリスクが高くなります。
特に2以降は非常に緊急度が高く、人工呼吸を含めた集中治療のできる高次医療施設で対応する必要があります。場合によってはお腹の赤ちゃんが犠牲になってしまう場合もあります。
1. 胎児発育不全
推定体重が-1.5SD以下になる場合を、胎児発育不全(=赤ちゃんが小さい)と言います。HDPによって赤ちゃんに上手く栄養や酸素が送れなくなり、子宮の中の環境が悪くなることによって起きてしまいます。
そのため、慎重に赤ちゃんの発育状況を観察することが重要です。赤ちゃんの発育が停止したり、赤ちゃんが具合悪くなってしまったりした場合には、妊娠を中断して分娩とすることが求められます。
胎児エコーやSDについては下の記事で詳しく書いていますので、良ければ見てみて下さい。
2. 子癇、中枢神経障害
妊娠20週以降に初めて痙攣(けいれん)発作を起こし、てんかんやその他の疾患による痙攣が否定されるものを「子癇(しかん)」と言います。
妊婦さんの意識は全くなくなり、全身がガタガタと震えだすのです。妊娠中に起こることも、分娩中に起こることも、産褥期に起こることもあります。
また子癇だけでなく、脳出血や脳梗塞が起こることもあります。
3. HELLP症候群
- Hemolysis:溶血
- Elevated Liver enzymes:肝酵素上昇
- Low Platelet:血小板減少
妊娠中、分娩中、産褥期に上記3つを認める場合をHELLP症候群と言います。お気づきかもしれませんが、3つの頭文字をとって「HELLP症候群」です。
具体的にはSibaiの診断基準というものがあり、血液検査のデータで下記を認めたらHELLP症候群の診断になります。
- 溶血:間接ビリルビン>1.2mg/dL, LDH>600IU/L
- 肝機能:AST(GOT)>70IU/L, LDH>600IU/L
- 血小板減少:血小板(Plt)数<10万/mm3
4. 周産期心筋症
心疾患の既往のなかった女性が、妊娠・産褥期に突然心不全を起こし、重症例では死亡に至る疾患です。この疾患でも、HDPは重要なリスク因子になります。
5. 肺水腫
HDPでは血管透過性が亢進するので、しばしば浮腫(=むくみ)が起きます。始めは下肢から水が溜まって浮腫んでいくわけですが、浮腫のみではなく肺にも水が溜まると肺水腫となります。
重症化すると呼吸不全に陥ることもあります。
5. HDPの治療
HDPが怖いことはよくわかりました。
早く治療すれば大丈夫ですか?治療すれば良くなるんですよね?
残念ながら、HDPの根本的な治療法は「妊娠の中断(=分娩)」だけです。
HDPの根本治療は「妊娠の中断」です。
そのため、HDPを発症した週数や重症度、臓器障害の有無に応じて治療法の選択が異なってきます。
早産の時期であっても分娩にしなければならない症例が多数あります。
しかし、早産による赤ちゃんのリスクと、高血圧によるお母さんのリスクを天秤にかけ、妊娠を継続することもあります。その時には血圧を下げる薬(降圧薬)の内服や点滴を併用し、対症療法とするのです。
ただ、血圧は下げすぎにも注意が必要です。
そもそもなぜ血圧が高いかというと、「血圧が高い状態でしか赤ちゃんに酸素や栄養を送り届けられなくなっているから」です。そのため、無闇に血圧を下げてしまうと赤ちゃんに行く血液量を減らしてしまい、赤ちゃんの具合が悪くなってしまうのです。
具体的には血圧が重症域の160/110mmHg以上になってから降圧薬を投与し、140-150/90-100mmHg程度を目標血圧として治療します。
また、前述した「子癇」を予防するために、硫酸マグネシウム(マグセント®︎)の点滴を投与することもあります。
いずれにせよ、HDPの関連疾患には妊娠中だけでなく、分娩中や産褥期にも新規に発症し得る病気がたくさんあるので、他の妊婦さんと比べて慎重な管理になるのが頷けると思います。
今回はHDPについて扱いました。基本的にHDPは分娩後12週間で改善しますが、今後加齢によって高血圧を発症するリスクは他の人よりも高くなると言われています。
そんな生活習慣病にも関わるHDP。掘れば掘るだけ奥深い疾患なのですが、今回の記事ではその概要と怖さが理解してもらえれば十分です。
なぜ毎回妊婦健診で血圧・浮腫・体重・尿検査をするか、なぜ母子手帳にその項目欄があるか、ご理解いただけたのではないでしょうか?
子癇やHELLP症候群などについては、また改めて詳しく記事にしようと思っていますので、待っていてもらえると嬉しいです。
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こんにちは、ゆきです。産婦人科医として働いています。