不妊症の基本的なこと、診察・検査の流れについては、下の記事を参考にしてください。
女性は生理周期によって様々な検査がありますが、男性メインの検査は1つ。精液検査だけです。
不妊の原因が女性因子であれ、男性因子であれ、女性の方が外来に来る頻度はどうしても多くなります。だからこそ不妊治療中のカップルに多いのがこんな意見。
夫が検査にも治療にも積極的じゃなくて…
自分からもなかなか言いづらくて困ってるんです
男性側の気持ちもわかります。指示された日時に採取する心の負担。また、結果が悪かった時のことを考えると、ストレスもかかりますよね。しかし、不妊治療の方針に関わるかなり重要な検査です。あまり気負いせずに受けてみましょう。
今回は精液検査と、それを治療に用いた人工授精についてのお話しです。
目次
1. 精液検査
1. なんで検査するの?
不妊の原因の約半数は男性因子と言われています。
精液検査は、そんな男性不妊について調べる検査。精子の量と質・運動性を視覚的に確かめ、結果を出します。不妊治療の方針に関わる重要な検査なので、産婦人科医としてはできれば早めにやっておきたいものです。
少しタイミングを見てから…という気持ちもわかりますが、奥さんが不妊検査を頑張っている状況なのであれば、先延ばししてもあまり良いことはありません。当日のコンディションによっても結果が大きく左右される検査なので、別に1回勝負ではないんです。むしろ3ヶ月以内に最低2回検査を行うことが推奨されています。
2. いざ当日。これだけは守って!
精液検査はいつでもできる検査です。
病院によって、①自宅で採取する場合と、②病院の採精室で採取する場合があります。
②の方が新鮮な分、良い結果が出ることが多いのでは?という考えもありますが、人工授精や体外受精等の治療時とは異なり、あくまでも問題ないかを調べる「検査」ですので、どちらでも構いません。
会社を休まないといけなかったり、病院で採取することで余計にプレッシャーを感じてしまったりというデメリットもあるので、①でも十分です。
①の場合、他の不妊検査と日時を合わせ、女性が検体を持参して結果を聞くパターンが多いです。もちろん男性が持参しても良いですし、カップル2人で、といった方もいらっしゃいます。
精液検査には、適切に検査をするためのいくつかの決まりがあります。
当日は次のようなことを守ってください。
- 4〜7日程度の禁欲期間を設ける
- 病院から渡された清潔な容器に、できる限り清潔操作で採取する(コンドームは使用しない)
- 容器に夫婦の名前を記入(取り違え防止)
- 採取して2時間以内に病院に持参する
- 体温くらいの温度を保って持参する(冷やさない&温めすぎない)
採取した状況だけでなく、持参時の状況によっても左右されてしまうこの検査。20℃未満あるいは40℃以上になってしまうと、運動率が低下する可能性があります。
ベストな温度は体温と同じ37℃くらいです。私は「アルミホイルに包んで、ビニール袋の中に入れて、その外側からタオルに包んで、懐に入れて持ってきて下さい」なんて言ったりしてます。時折、気を利かせてホッカイロで温めたり、保冷剤で冷やしながら持ってきたりしてくださる患者さんがいますが、絶対にやめて下さいね。
3. 実際の検査の裏側は?
病院によって様々だと思いますが、私の勤めている病院では産婦人科医自らが検査しています(検査技師さんや胚培養士さんが行う場合もあります)。検体が渡った後の流れはこんな感じです。
- 検体が採取後30分以上経っていることを確認
- 精液量を確認
- 液化状態を確認(粘稠性の評価)
- マクラーチャンバーという器具を用いて、顕微鏡下に精子を観察
- 数、運動率、奇形率、直進性などを評価
実際の検査は、マクラーチャンバーの中央に精液を1滴垂らし、顕微鏡下に200倍の倍率で検鏡するだけ。ピントを合わせると下のようなマス目が見えてくるので、この10マス分の総精子数・運動精子数・奇形精子数をカウンターでカチカチとひたすら数えていきます。また、精子がしっかり直進運動しているかをみたり、白血球数をカウントして感染の有無を評価したりもして、各項目の結果を算出していきます。
人の手で行っている検査なので、厳密性には欠けるところがあります。精子は動きますし、数が多ければ多いほど完璧に数を数えるのは難しいです。
病院によっては、これを機械が自動で行ってくれる所もあります。
4. 精液検査の基準値
WHOが2010年に次のような基準を提唱しています。
精液量(Volume) | 1.5mL以上 |
精子濃度(Concentration) | 15×106/mL以上 |
精子運動率(Motility) | 40%以上 |
総精子数(Total sperm number) | 39×106/射精以上 |
精子正常形態率(Morphology) | 4%以上 |
精子生存率(Vitality) | 58%以上 |
白血球数(White blood cells) | 1×106/mL未満 |
上記をもとに結果を判定します。
総運動精子数=精液量(mL)×濃度(×106/mL)×運動率(%)を計算すると、その時の精液の状態が客観的に把握しやすいので、やってみても良いかもしれません。
結果に応じて、次のように分類します。
正常精液 | 総精子数、前進運動率、形態正常精子率が全て正常範囲内 |
乏精子症 | 精子濃度15×106/mL未満 |
精子無力症 | 前進運動精子32%未満 |
奇形精子症 | 形態正常精子率4%未満 |
乏無力奇形精子症 | 精子濃度、運動率、奇形率の全てが基準下限以下 |
無精子症 | 射精液中に精子がない |
無精液症 | 精液が射精されない |
正常精液であれば問題ありません。
何か異常があれば再検です。必要に応じて泌尿器科に紹介し、治療介入を行います。
2. 人工授精
人工授精とは、子宮の中に精子を注入する処置法です。
Intra Uterine Insemination(IUI)やArtificial Insemination with Husband’s semen(AIH) と呼称されたりもします。
精液検査の結果が良くなかった場合は、人工授精が考慮されます。
その他、
- タイミング療法がうまくいかない
- 排卵誘発薬を用いても妊娠しない
- 色々な理由で性交障害がある
- 精子が子宮の入り口に入れないような状況
の場合にも施行します。
人工授精の値段は1.5〜2万円/回くらい(自費)です。
1. 実施日の決定と採精
タイミング療法と同じような方法で、基礎体温や超音波での卵胞・子宮内膜の評価から排卵日を予測します。必要に応じて排卵を促すような注射(hCG注射)を行い、タイミングを合わせます。
人工授精当日、精液を自宅で採取するか、病院で採取するかは病院で相談して決めましょう。
2. 検体の処理方法
最初は精液検査で行っていたことと全く同じ手順を取ります。
今回の精液所見がどうだったのかを評価し、仮にかなり悪かったりした場合は、人工授精を中止することもあります。
精液検査が終わったら、より良い精子だけを集める処置(遠心分離など)を行っています。
処置の目的は、
- 精子を濃縮させる
- 運動性が良好で奇形のない精子を選別する
- 不要物を除去する
などです。この処置の所要時間は1時間前後です。
精液検査での所見が不良でも、これによってある程度の改善が見込めます。
3. 人工授精ってどうやるの?
精液の処理が終わったら、女性を診察室に呼び込み、経腟エコーで卵胞がどこまで育っているか、排卵までどのくらいかを確かめます。
続いて上のイラストのように、人工授精用カテーテルをそっと子宮頚管内に挿入し、子宮の中に入ったところで約0.5〜1mLに調整した精子を注入します。
処置後数分間は別室で横になって安静にしてもらいます。必要に応じて排卵を促すhCG注射を追加します。
4. 人工授精の成績は?
一般論になりますが、1周期ごとの妊娠率はタイミングで3%程度、人工授精でも5%程度と言われています。思っていたより低いな、と思う人が多いんじゃないでしょうか?人工授精で飛躍的に可能性が上がるわけではないんです。
人工授精で妊娠する症例は、最初の3〜4周期までに妊娠成立することが多いので、(排卵誘発法にもよりますが)通常4〜6回試しても妊娠に至らない場合は、体外受精へのステップアップをお勧めしています。
今回は精液検査と人工授精についてまとめてみました。
不妊治療はどうしても女性メインで外来を受診することが多いですが、夫婦2人の協力が不可欠です。
できれば男性にも読んで欲しいと思ってこの記事を書きました。
精液検査をして欲しい、でも自分からは言いにくい…という女性の方は、旦那さんにそっとこの記事を提示してみてください。
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こんにちは、ゆきです。
産婦人科医として働いています。