切迫早産で入院加療を行っていたり、入院はせずとも自宅での安静を指示されたりする妊婦さんは、意外と多いと思います。
まともに家事も仕事もできない。
安静が治療とはわかっていても、何もやっていない感じがしてストレスがたまる…。
こんな人も多いのではないでしょうか。
以前、切迫早産についての記事を書きましたが、Twitterでも切迫早産を治療する妊婦さんたちの頑張りやストレスをひしひしと感じます。
今回は、「なぜ産婦人科医が早産を出来るだけ避けようとするのか」「何が問題になるのか」等について、お話ししていければと思います。
この記事を書くに当たり、参考文献の(3)にも示した「早産のすべて 基礎から臨床, DOHaDまで」をたくさん参考にさせていただきました。最近発行された書籍ですが、とても面白かったです。
目次
1. 日本の周産期医療の発展は著しい
日本は最も安全な周産期医療を提供している国と言っても差し支えないでしょう。新生児死亡率は先進国のなかで最も低く、妊産婦死亡率も減少傾向で、30〜40人/年程度で推移しています。
皆さんご存知の通り、出生数は年々減少しているわけですが、早産児が占める割合は増えています。極低出生体重児や超低出生体重児の割合の増加も目立ちます1)。
これはひとえに、日本の産科医療の発展と、新生児科の先生方の治療・管理によるところが大きいです。今まで助けることが出来なかった赤ちゃんの命をつなぐことが出来るようになったのです。
- 極低出生体重児:1000〜1499g
- 超低出生体重児:1000g未満
2. 在胎週数別の新生児死亡率
2015年における死亡退院率2)
- 在胎22週:約35%
- 在胎23週:約30%
- 在胎24週:約10%以下
2005年には妊娠22週の赤ちゃんの死亡退院率は66%程度でしたが、2010年時点では50%程度になり、2015年には約35%にまで低下しました。
妊娠23週の赤ちゃんの死亡率は30%未満を保っており、この短期間での成長は目を見張るものがあります。
しかし、やはり在胎週数が小さいほど予後は不良であることが多いと考えられています。
だからこそ、切迫早産と診断された時は、「まずは赤ちゃんを生存させるための22週、それをクリア出来たら赤ちゃんの生存率が一気に上がる24週、それがクリア出来たら…」と1つずつ目標を決めて治療を進めていくのです。
3. 低出生体重児の短期予後は?
何らかの神経学的障害をきたした割合(2003〜2012年)
- 超低出生体重児:27.5%
- 極低出生体重児:12.5%
小さく生まれた赤ちゃんへの神経学的予後として問題になってくるのが、
- 脳性麻痺
- 視力障害(失明・弱視など)
- 聴力障害
- 発達遅延(新版K式発達検査発達指数DQ<70)
などです。
超低出生体重児での割合(%) | 極低出生体重児での割合(%) | |
---|---|---|
①脳性麻痺 | 9.5 | 5.1 |
②失明または弱視 | 5.1 | 0.9 |
③補聴器の使用 | 1.3 | 0.8 |
④発達遅延(DQ<70) | 23.7 | 10.5 |
①〜④いずれか | 27.5 | 12.5 |
特に発達遅延については他と比べても頻度が高く、妊娠28週未満で出生した児の3歳時の発達評価では、発達の遅れが約1/4程度であることが報告されています3)。
4. 早産症例の長期予後は?
在胎週数が短い場合、
- 入退院を繰り返しやすい
- 神経発達障害をきたすことが多い
- 高血圧・肥満を認めやすい
- 再生産率が低い可能性がある
- 自身も早産になる可能性がある
- 慢性腎臓病や虚血性心疾患などの発症リスクが高まる
在胎週数が短いと、小児期に入退院を繰り返す可能性が高いと報告されています3)。再入院の内容としては、気管支喘息、RSウイルス感染症、胃食道逆流症などの呼吸器・消化器疾患が多いです。
神経発達障害としては、ADHD(注意欠如多動症)、自閉症スペクトラム症(ASD)の発症リスクが上昇4)し、学童期以降のIQの平均値が低値になる可能性も示されています5)。
その他、高血圧、糖尿病(インスリン抵抗性)、肥満、虚血性心疾患、腎臓病などの慢性疾患の発症や、自身の生殖能力・早産リスクが高まる可能性も示唆されています。
もちろん、早産症例が全例そうなる訳ではないのですが、正期産と比べるとどうしてもリスクが上がってしまうのが現状です。
1973〜1997年までにスウェーデンで行われた大規模研究では、256万人を対象とし、2015年まで追跡(追跡期間の中央値:29.8年)した結果、早産で出生した症例の多くが明らかな合併症なく生存出来たが、在胎週数が短いほど合併疾患のない生存が少なくなる、ということが示されました。
5. DOHaDについて考える
1. DOHaDとは?
DOHaD(Developmental Origins of Health and disease)とは「健康および疾病は胎生期および出生後の環境と遺伝子との相互作用によって生じる」という考え方です。
早産や低出生体重児では、先ほども述べた通り、高血圧や肥満などの生活習慣病の発症率が高いことが分かっています。
これについて、イギリスの疫学者であるBarker6)が「赤ちゃんの頃の環境ストレスが、遺伝子の変異をきたして疾病の素因となり、そこに環境要因が上増しされることで成人病などが発症する」と考えたのが、DOHaDの考えの基本となっています。
将来、赤ちゃんが生活習慣病になるのを防ぐためには、出産後の生活環境だけでなく、赤ちゃんがお腹の中にいるときの環境も大切であるというわけです。
2. 日本では低出生体重児が多い
日本では低出生体重児が生まれる頻度が高いと言われています。その要因の1つにあげられるのが、母体の”痩せ”です。
母体の栄養摂取不良は切迫早産・早産の原因になります。妊婦さんの適切なエネルギー摂取は、赤ちゃんの将来にとっても、非常に大切な側面なのです。栄養バランスの取れた食事を心がけましょう。
3. 小さく生まれた時は
色々と述べてきましたが、たとえ早産や低出生の赤ちゃんを出産された場合でも、妊婦さん自身が後悔したり自分を責めたりする必要はありません。様々な事情・状況がある中、最大限の努力をもって出産されたことと思うからです。
ただその場合は、妊婦さん自身にもDOHaDについて知ってもらい、赤ちゃんが生活習慣病などを発症するリスクが高いことを考慮した上で、育児する上での「環境要因」を出来るだけ適切に整えてあげる意識が大切だと思います。
それによって、疾患の発症を抑制することが出来るのです。
疾患は何よりも予防が大切。正しい知識を持ち、将来の生活習慣病の発症率低下につなげましょう。
今日は早産によるリスクと、DOHaDの考え方についてまとめてみました。
早産であっても何も合併症が生じない場合もありますし、いわゆる個性の1つとして捉えられる範囲の異常であることも多いわけですが、なぜ産婦人科医ができる限り妊娠週数を稼ごうとするか、少しでもご理解いただけたら嬉しいです。
また、お腹の中にいる時の環境が、赤ちゃんのその後の生活習慣病にも関わってくるってすごいと思いませんか?
初めて知った時は結構驚きました。出産時の短期的な予後だけでなく、赤ちゃんの将来という長期的なことも考えた上で治療しなければならないなと、気を引き締めている日々です。
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こんにちは、ゆきです。産婦人科医として働いています。