先日、質問箱で帝王切開後の経腟分娩についての質問を頂きました。
回答欄だけでは話し足りないことがたくさんあったので、こちらの記事で詳しく説明します。
目次
1. TOLACって何?
TOLACとは、Try Of Labor After Cesarean deliveryの頭文字をとったもので、日本語では「既往帝王切開妊婦経腟トライ」と言います。
上の記事で詳しく説明していますが、前回のお産が帝王切開だった場合(=既往帝王切開)、基本的には次も帝王切開です。
ただ、条件さえ満たせば経腟分娩をトライすることができ、これをTOLACと言います。
間違えやすいのですが、VBAC(Vaginal Birth After Cesarean delivery)は「既往帝王切開後経腟分娩」のことです。
TOLACが”成功”して無事に経腟分娩ができたことをVBACというので、両者は厳密には異なるものになります。
TOLACが推奨され始めたのは1980年のことです。
そもそも何故TOLACという手法が出てきたのかというと、帝王切開の数が増え、医療費が増加したことが原因です。
前回帝王切開になった人でも、条件さえ合えば経腟分娩が試せるのでは?
そうすれば帝王切開の数を減らせるのでは?
そんな考えからアメリカの産婦人科学会がTOLACを推奨し、その結果、一時はVBACが増加して帝王切開率の減少につながりました。
しかし様々な合併症の報告があったため、TOLACを試みる条件が厳格化され、施設も限定。再びTOLAC施行施設が減少し、帝王切開率は再上昇しているというのが現状です。
TOLACが成功してVBACに至る確率はおよそ70〜75%1)という報告があります。3/4弱の成功率。これを多いと取るか、少ないと取るかはその人次第だと思います。過去に経腟分娩をしたことがあるかないかでも、成功率は変わってきます。
2. TOLACが出来る条件は?
TOLACには厳密な適応条件が定められています。
- 既往帝王切開数が1回のみ
- 前回の帝王切開の術中所見・術後経過に問題がなかった
- 子宮筋腫核出など、子宮に大きく傷が入るような手術歴がない
- 児頭骨盤不均衡がない
- 子宮破裂の既往がない
- 緊急帝王切開及び子宮破裂に、24時間常に対応出来る病院である
まず、前回何で帝王切開になったのかが重要です。
例えば、赤ちゃんの頭がお母さんの骨盤よりも大きい「児頭骨盤不均衡」や、分娩が進まなかった「分娩停止」の場合は、次の出産時もそうなるリスクが高いため、TOLACは選択しない方が良いでしょう。
また、子宮の手術歴があって帝王切開になった場合も、TOLACの選択肢からは外れます。
帝王切開や子宮筋腫の手術では通常、術者が手術記録に「次の分娩時にTOLACが可能か否か」を記載しています。自分の場合はどうだったのか覚えていない(あるいは説明がなかった)という人は、手術した施設に問い合わせてみると良いと思います。
あとは何より、病院施設の環境です。TOLACは普通の分娩よりも明らかにリスクがある分娩です。何かがあった時にすぐ対応出来る病院なのかが、非常に重要になってきます。
3. TOLACの利点と欠点
帝王切開しなくて済むことにより…
- 入院期間が短くなる
- 出血量が減る
- 輸血使用量が減る
- 血栓症が減る
- 前置胎盤や癒着胎盤などの発症リスクが減る
①子宮破裂のリスクが上がる
②TOLAC不成功の場合は…
- 緊急手術での感染・輸血などが増加
- 赤ちゃんの死亡率が増加
- 赤ちゃんの予後が悪化
ざっとまとめるとこんな感じでしょうか。
それぞれを比較したレビュー論文2)では、次のような結果が報告されています。
合併症 | TOLAC(人/10万人) | 選択的帝王切開術(人/10万人) |
---|---|---|
子宮破裂 | 468 | 26 |
母体死亡 | 4 | 13 |
胎児・新生児死亡 | 133 | 50 |
TOLACでは子宮破裂のリスクが0.47%で選択的帝王切開術よりも有意に多く、TOLAC不成功例での胎児・新生児死亡率が増加していることがわかります。
一方、母体死亡率はTOLACの方が有意に低い結果でした。
TOLAC、反復帝王切開、どちらにもメリット・デメリットがあることを理解した上で、自分たちの思う選択をしてもらいたいと思います。
4. 子宮破裂
TOLACで最も注意したい合併症が「子宮破裂」です。
どんな帝王切開でも、赤ちゃんを取り出すために子宮の筋層にメスを入れます。赤ちゃんを娩出した後、子宮の筋層を元通りに縫合して合わせるのですが、1回切れ込みが入ってしまった分、この部位がどうしても弱くなってしまうのです。
陣痛による子宮収縮刺激が加わることで、弱くなっている部分に負荷がかかり、耐えきれなくなるとその部分が破れて、子宮破裂が生じます。
子宮破裂は診断が難しい疾患です。赤ちゃんの徐脈、異常な性器出血、腹痛などが生じ得ますが、どれも分娩進行時にも起こるものなので気づきにくく、症状も典型的でないことが多いのです。
そのため、TOLACでは普段以上にモニターを注意して監視しています。
5. TOLACの分娩って普段とどう違うの?
TOLACの分娩管理は病院の施設差によるところも大きいですが、普段と大きく違うところは、「分娩誘発あるいは陣痛促進を行いづらい」ことでしょうか。
TOLACで使用できる子宮収縮薬は「オキシトシン」のみです。プロスタグランジン(PG)は使用できません。
何故かというと、前述した子宮破裂のリスクが増えるからです3)。
- 自然陣痛でのTOLAC→子宮破裂5.2例/1000例
- PGで誘発・促進したTOLAC→24.5例/1000例
- PG以外で誘発・促進したTOLAC→7.71例/1000例
TOLACでは陣痛誘発は行わず、自然陣痛を待つという病院も多いです。
いずれにせよ、慎重にモニター管理を行い、少しでも怪しい場合や分娩進行が不良な場合は無理せず緊急帝王切開にして、安全な分娩を心がけています。
オキシトシン?プロスタグランジン?何それ?
という方は下記の記事の子宮収縮薬についての項目を参考にしてみてください。
今日はTOLACについて書きました。
TOLACって言葉、初めて知った!という人も多いかもしれません。メリットとデメリットを理解した上で、自分の身体や思いに合った選択をしてもらいたいと思っています。その選択に、少しでもこの記事が役に立てれば本望です。
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こんにちは、ゆきです。産婦人科医として働いています。