「妊婦さんはどういう姿勢で寝るのが良いの?」という質問を受けた際、「辛くない体制で寝てください。」とお答えしています。
仰向けで長時間は辛いと思うから、多くは横向きで…といった感じです。
ただ先日、質問箱で
妊婦の仰向け寝は死産リスクが上がるとみました。
寝ている間に勝手に仰向けになる場合でもリスクが上がるのでしょうか?
という質問を頂いたんですよね。
皆さん気になるところだと思いましたし、私も知識のアップデートが必要だと思ったので、「妊娠中の就寝姿勢と死産との関係性」について改めて文献を調べてみることにしました。
目次
1. まずは仰臥位低血圧症候群を知ろう
就寝姿勢と死産についてを語る前に、まずは仰臥位低血圧症候群について知ってもらいたいと思います。
1. 仰臥位低血圧症候群って何?
仰臥位低血圧症候群
妊娠子宮が脊柱の右側を上行する下大静脈を圧迫
→心臓への静脈還流量が減少
→心拍出量が減少
→血圧が下がる
妊娠後期に起きる「仰臥位低血圧症候群」を簡単にまとめると、大きくなった妊娠子宮が後ろの静脈を圧迫してしまうことによって、血圧が下がってしまう疾患です。
これによって気持ち悪くなったり、めまい、顔面蒼白、吐き気などの症状が生じたりします。
血圧が急に下がることによって、赤ちゃんへの血流も低下し、赤ちゃんが苦しいサインを出すこともあります。
2. 発症時の対応は?
仰臥位低血圧症候群を疑う症状・バイタル変化があったらどうするのでしょうか?
私たち医療者は、子宮を左側に押して対応します(子宮の左方偏位と言います)。簡単ですぐに出来る応急処置です。
必要時は昇圧剤や体位変換、点滴の投与などを併用することもありますが、多くはこれらの処置によって速やかに改善します。
3. なんで子宮を左に押すと良いの?
背骨の左側には動脈、右側には静脈があります。
動脈はある程度の弾性を持っているのですが、静脈は圧迫すると案外簡単につぶれてしまいます。
したがって、潰されてしまった静脈の圧迫を解除するためには、子宮を左に偏位させれば良いというわけです。
妊娠子宮はその中に赤ちゃんと羊水が入っているので、それ相応の重量・大きさがあります。更に妊娠後期になる程、子宮はどんどん大きくなっていきますね。
寝るときの体制として左側臥位(シムス位)が勧められることが多いのも、こういったことが1つの要因として関わっています。
2. 仰向けで寝ると死産が増えるって本当?
結局、仰向けで寝ると死産が増えるって本当なの?
色々と調べてみましたが、結論から言うと
“妊娠28週以降の妊婦の集団では、(側臥位ではなく)仰臥位で寝ることで、死産が5.8%程度増える可能性がある“
でした。
説明にあたって、「An Individual Participant Data Meta-analysis of Maternal Going-to-Sleep Position, Interactions with Fetal Vulnerability, and the Risk of Late Stillbirth」1)という論文を紹介していきます。
1. 論文の概要を解説
この論文は、妊婦さんの寝る姿勢と死産との関係について調べられていた過去の5つ2,3,4,5,6)の研究を合わせて解析したメタ解析です。
【症例】
・28週以降の死産(分娩中の死産を含む)群が851例
・コントロール群が2257例
【結果】
・仰臥位での就寝は(左側臥位と比較して)、死産のリスクの上昇と関連していた
・右側臥位と左側臥位では、死産リスクに有意な差を認めなかった
【結論】妊娠28週以降の妊婦は、側臥位で寝ることによって死産を5.8%減らせる可能性がある
入眠時の姿勢(分娩前2週間) | 調整オッズ比 (95%信頼区間) |
---|---|
左側臥位 | 1 |
仰臥位(あおむけ) | 2.63 (1.72-4.04) |
右側臥位 | 1.04 (0.83-1.31) |
うつ伏せ | 0.63 (0.12-3.25) |
多方向 | 0.97 (0.70-1.35) |
何かに寄りかかる姿勢 | 1.30 (0.68-2.49) |
覚えていない | 2.26 (1.48-3.46) |
仰臥位での就寝を報告している女性の割合は、死産を経験した症例で67人(7.9%)、コントロール群で73人(3.2%)でした。
多変量解析では、仰臥位の場合、左側臥位と比較して死産のリスクが有意に高い(aOR[調整オッズ比]=2.63 (95%信頼区間[CI] 1.72-4.04:p < 0.0001))という結果となりました。
仰臥位と他の一般的な死産の危険因子との間や、胎児の脆弱性の指標との間には有意な関連は見られませんでした。
一方、左右の向き(右側臥位or左側臥位)と死産のリスクの間にも、有意な関連は見られませんでした(aOR=1.04 (95%CI 0.83-1.31:p = 0.75))。
元データはこちら。
オッズ比とは統計学における「その事柄の起こりやすさを表す指標」です。ある事象が起こる確率を、その事象が起こらない確率で割ったものになります。
本研究では、28週以降の妊婦さんが側臥位で寝れば、集団全体の死産リスクが5.8%程度低下する可能性があると結論づけています。
また、「睡眠時間が短い(6時間未満)」、「一晩中トイレに行かない」、「過去2週間の間に毎日昼寝をしていた」なども、死産と関連がある可能性が指摘されています。
この論文によると、次のような理由からだそう。
- 睡眠時間が短い=酸化ストレス・交感神経の亢進などで胎盤機能障害や代謝異常に寄与する可能性がある
- トイレに行かない=下大静脈が長時間圧迫された状態になり、子宮や胎盤に流れる血流が低下する
- 日中の昼寝=夜間の睡眠時呼吸障害・異常なグルコース代謝が関連?
あくまでも1つの参考としてみて下さい。
2. 気にするのは入眠時だけで良いの?
仰臥位で寝ることによってなぜ死産のリスクが上がるのか。
これはおそらく、前述した”仰臥位低血圧症候群”によってお母さんの血圧が下がり、赤ちゃんにいく血流が少なくなってしまうからだろうと考えられています。
ただ、寝る時の姿勢をずっと監視していることは不可能ですよね。
怖いな…寝ている間に仰臥位になっちゃったらどうしよう。
このように心配になってしまう妊婦さんも多いと思います。
しかし、それは心配しなくて大丈夫。
最初に眠りにつく姿勢は一晩の持続時間が最も長く7)、赤ちゃんに与える影響として最も大きいと考えられているからです。
途中で仰向けになったとしても、その持続時間はそれ程長くないと推察されます。眠っている間の姿勢をずっと監視することは不可能ですし、気にしすぎてストレスが溜まるのも良くないです。
基本的には入眠時の姿勢に気を配れば良いのではないかと思います。
途中で覚醒した時に仰向けだったら、その都度直すのが良いのかもしれません。
3. 論文を検索しながら考えたこと
本論文でメタ解析に組み込まれた論文も調べましたが、やはり仰臥位で寝ると死産率が上がるという論文が散見されます。
以上の結果から、妊婦さんは出来る限り横向きで寝るように心がけた方が良いのかもしれません。妊婦さんが自身ですぐに対策できる方法であることも魅力ですよね。
ただ、いずれも症例対象研究である上、様々なバイアスを含んでいる可能性も指摘されています。例えば、死産を経験した人の方が「自分は仰向けで寝てしまっていたかもしれない…」と思い出しやすかったりするかもしれません。
少なくとも日本のガイドラインでは、妊婦さんの寝る姿勢についての推奨は出されていないですし、子宮内胎児死亡に仰向けが関与しているという記載もありません。
何よりも、原因不明の胎児死亡・死産を経験された妊婦さんが負担に思うようなことにはなって欲しくないな、とは強く思います。
胎児死亡の原因には様々な要素が絡み合っているので、どうか自分を責めたりはしないで下さい。
妊娠中の睡眠姿勢についてでした。
なかなかセンシティブな話題ですし、どのようにまとめれば良いか迷いましたが、妊婦さんへの1つの参考資料になれば良いなと思います。
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こんにちは、ゆきです。産婦人科医として働いています。