今日はつわりと妊娠悪阻についてまとめていこうと思います。
個人差はあるものの多くの妊婦さんを苦しめる疾患ですね。
私なんかよりも、経験された方の方がその地獄をよく知っていることでしょう。
辛いが故、色々な対策法を模索してしまうことも多いかもしれませんが、まずは相手を知り、適切な対応をすることが大切です。
妊娠初期の色々なトラブルについては、下の記事も参考にしてみて下さい。
目次
1. 原因はよく分かっていない
つわりって何なの?という質問に対しての明確な回答はまだ出ていません。色々な要素が組み合わさって症状が出ていると考えられています。
1. 消化器系の問題
まずは消化器系の問題。
- 子宮が増大→消化器系が圧迫される
- プロゲステロンが上昇→消化器の筋肉が弛緩し、運動が低下する
子宮による物理的な圧迫だけではなく、プロゲステロンというホルモンが上昇することによって、消化管の筋肉が弛緩し、運動能が低下してしまうことも関与していると考えられています。
小腸・大腸の蠕動運動が低下すると、食べ物が通過する時間が延長し、便秘傾向になります。
一方、下部食道括約筋の緊張が低下すると、胃酸が逆流して逆流性食道炎を起こしやすくなります。
2. ホルモン系の問題
hCGの上昇がつわりの原因の1つ?
絨毛細胞からつくられるhCGというホルモンは、妊娠によって増加し、妊娠10週頃にピークとなり、その後少しずつ減っていきます。
この増減の仕方が、つわりが発症・消失する時期と重なるため、hCGはつわり症状をもたらす原因の1つと考えられているのです。
少し話は逸れますが、hCGが異常高値になる「胞状奇胎」という疾患では、つわり症状も重症化しやすいと言われています。
3. 精神的な問題
妊娠による精神的な負荷も要因の1つになり得ます。
身体がどんどん変化していったり、職場や家庭内でのストレスが強かったり。
後述しますが、つわりには安静と休息が大切、というのはこういった背景からです。
2. 妊娠悪阻とつわりは何が違うの?
- つわり=妊娠に伴う吐き気や嘔吐症状。妊娠に伴う生理的なもの。
- 妊娠悪阻=つわりが重症化して代謝異常をもたらしたもの。病的なので治療介入が必要。
つわりは、全妊婦の50〜80%に認められる吐き気や嘔吐症状のことを言います。
一方、妊娠悪阻はつわりが重症化して体重減少・脱水・アシドーシスや電解質異常を呈する病態で、全妊婦の0.5〜2%に発症すると考えられています。
妊娠悪阻は病気です。
体重がどんどん減ってきたり、何も食べられなくなってしまうような場合は、かかりつけの産婦人科医に相談して下さい。
3. 妊娠悪阻の基本的な治療は?
1. 心身の安静のために休養をとる
まずは休養をとって無理しないこと。これが妊娠悪阻の治療の主軸になります。
食事は少量ずつこまめにとってもらい、できる限りの水分補給も意識します。
妊娠悪阻でも母性健康管理カードは書けます(休養でも、時間短縮や通勤緩和でもOK)から、仕事が負荷になっているのであれば、少し休むというのも手です。
2. 点滴をして脱水を補正する
脱水所見が認められる場合は、十分な輸液が必要です。
入院下で行うこともありますし、患者さんの希望や状態に応じて外来下で行うこともあります。
輸液をしなければならない明確な基準があるわけではありませんが、例えば私の場合は
- 体重の5%以上の減少+何も飲めない・食べられない
→外来で輸液 - 体重の10%以上の減少+何も飲めない・食べられない
→入院で輸液
なイメージです。
尿中ケトン体も身体の代謝系バランスを調べるのに有用な指標になりますから、これが強陽性が持続する場合も注意が必要です。
治療しても体重がどんどん下がってしまうような症例では、脂肪製剤など、もっとカロリーが高い輸液の投与が行われることもあります。
糖をエネルギーとして使えなくなると、身体の脂肪が分解され、代わりのエネルギーとして使用されます。
その結果で生じるのが「ケトン体」。通常はケトン体は陰性です。
3. 点滴には必ずビタミンB1を追加、ビタミンB6も有効
ビタミンB1(Thiamine)は糖質を代謝するのに必要な補酵素です。
これが欠乏すると、糖がうまく利用できずに脂肪や蛋白が分解され、その結果として血液の中が酸性に傾き(代謝性アシドーシス)、重症化するとWernicke(ウェルニッケ)脳症を発症してしまう可能性があります。
それらを予防するために、必ずビタミンB1を追加することが重要です。
外来や入院で投与される点滴にも必ず入っていることと思います。
また、吐き気症状の緩和としてビタミンB6(Phridoxine)が投与されることもあります。欧米では広く使われている薬剤です。
4. 吐き気止めも検討
日常生活をおびやかす程の吐き気・嘔吐がある場合は、吐き気止めを使うこともあります。
妊娠悪阻で苦しむことが多いのは、赤ちゃんの臓器などが作られる「器官形成期」に当たる時期なので、薬の影響が気になるところではありますが、ガイドラインでは
「明らかな催奇形性や胎児毒性は報告されておらず、使用可能である」
と記載されています。
日本でも比較的広く使用されているのは「メトクロプラミド(プリンペラン®︎)」です。
5. それ以外は?
妊娠悪阻の予防として、マルチビタミンが有効であるという報告があります。マルチビタミンに含まれている”葉酸”は、赤ちゃんの神経管閉鎖障害の発症予防としても有用なので、妊娠初期に飲んでおくと良いかもしれません。
また、漢方などで対症療法とすることもあります。患者さんが何の症状が辛いかによって、処方内容をアレンジします。
ただ、いずれの治療でも身体の状態が改善せず、母体にとって妊娠継続が危険と判断される場合は、人工妊娠中絶の対象となることもあります。
4. 妊娠悪阻に関連する怖い疾患2つ
1. Wernicke脳症
ビタミンB1の欠乏によって起きる脳疾患の1種です。
- 意識障害
- 眼球運動障害(眼振)
- 小脳失調
上記の症状を特徴とします。
代謝性アシドーシスの成れの果て、というイメージです。Wernicke脳症が疑われる場合には、速やかに大量のビタミンB1を投与します。
2. 静脈血栓塞栓症
妊娠悪阻は血栓塞栓症のハイリスク因子です。
著明な脱水や長期臥床によって静脈血栓が発生してしまい、それがどこかの血管を詰まらせてしまう可能性があるのです。
十分な飲水や補液が必要なのは、この疾患の予防目的でもあります。
特に高齢・肥満・血栓塞栓症の既往がある人は要注意です。
5. よくあるQ&A
質問箱でも妊娠悪阻に関わるたくさんの質問を頂きましたが、以下の2つが多かったです。
1. 栄養バランスが不安
つわりが酷くて〇〇しか食べられない。
偏った食事しか取れなくて、栄養バランスが不安。
悪阻症状で苦しんでいる時は、栄養バランスを気にする必要はありません。食べたいものを食べたい時に摂取すればOK。
つわりや妊娠悪阻の時の食事摂取の基本は、「食べられる物を・食べられる時に・食べられる量で摂取する」というもの。
栄養バランスを気にする必要はありません。
私も「極論、ポテチとコーラとかだけでも良いから食べられる物を食べて下さい」とお伝えしています。
つわりや妊娠悪阻は、基本的には必ず改善していきます。
栄養バランスについて考えるのは、つわり症状が落ち着いてからで良いのです。
2. どうなったら治療介入するの?
どれくらい体重が減ったら入院適応とかあるの?
10%以上の体重減少は要注意。
ただ、明確な入院適応はありませんので、ご本人が辛い時に気軽に相談して下さい。
どの程度で治療、どの程度で入院、という明確な基準はありません。
ただ、体重10%以上の減少は注意が必要と考えられます。
本人が「辛くて何も食べられない…日常生活への支障が半端ない…」という場合は、ぜひ気軽に相談して下さい。
治療介入が必要なのか、経過をみれそうなのかはこちらで判断しますし、漢方や吐き気止めなどの対症療法が有効である可能性もあります。
今回はつわりと妊娠悪阻についてまとめてみました。
こんな辛い症状を乗り越える妊婦さんって、改めてすごいなと思います。
産婦人科医として、本当に尊敬しています。辛い時はいつでも頼って下さいね。
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こんにちは、ゆきです。産婦人科医として働いています。