今回は無痛分娩についてのお話です。
無痛分娩の件数は、ここ10年で倍増しています。しかし、2016年の時点で約6%程度であり、80%を超えるアメリカやフランスと比べると普及率はまだかなり低いのが現状です。
普及率の低さの背景には、「分娩の痛みに耐えてこそ立派なお産」という考えが根強く存在していたことが少なからず関係していたものと思います。しかし最近それが変わりつつあり、無痛分娩を選択肢に挙げる人も増えてきている印象です。自身の併存疾患(心疾患・高血圧合併など)のため、医療者側から無痛分娩を勧められる方もいらっしゃるでしょう。
もちろん無痛分娩にはたくさんのメリットがあると思います。しかし、デメリットが全く無いというわけではありません。無痛分娩という選択をするにあたり、メリットだけでなくデメリットも理解しておくことは大切です。今回の記事で、少しでも無痛分娩について知ってもらえると嬉しいです。
目次
1. 無痛分娩ってどうやるの?
無痛分娩とはいっても、痛みをゼロにするわけではありません。完全に痛みを取るような麻酔では、全く”いきむ”ことが出来なくなりますし、足に力が入らず分娩台に乗ることさえ困難になってしまっては危険です。
そんなわけで、時折「無痛分娩にしたのに痛かった」という意見も散見されます。薬剤量の調節や、麻酔の位置は想像よりかなり繊細なのです。
無痛分娩のやり方には施設差がありますが、硬膜外麻酔で行うことが多いので、今回はそちらで説明します。産婦人科医が施行する場合も麻酔科医が施行する場合もあるものの、いずれにせよ両者の連携が不可欠です。
<硬膜外麻酔挿入の流れ>
- 痛みの程度や胎児心拍数モニターから、適切なタイミングを図る
- 産婦人科医が「そろそろ麻酔をしよう」と判断
- 患者さんに横向きになってもらう(座位のこともある)
- 清潔な布をかぶせ、消毒をする
- 背中を触診して、どの場所に刺すかを決定
- 局所麻酔をする
- 硬膜外針を背中に刺す
- 適切な位置に入ったら、細長い柔らかい管(カテーテル)を入れる
- カテーテルはそのままに、硬膜外針だけを抜去する
- テープで固定
カテーテル挿入の際に、気持ち悪くなってしまったり、足に響くような痛みがあった場合はすぐにおっしゃってください。無痛分娩による除痛は、このカテーテル挿入にかかっているといっても過言ではありません。適切な位置に留置することが非常に大切なんです。
しかし、この処置をしている間にも陣痛は来ます。さらに、妊婦さんはお腹が大きい。そのため、医療者から求められる「お臍を見るような姿勢」をなかなかとることが出来ないことが多いです。妊婦さんの麻酔の難易度は、普通の人よりも高いのです。
2. 無痛分娩の管理
無痛分娩は病院によって2パターンの管理方法があります。
- 陣痛が来たタイミングで麻酔を導入する
- 陣痛が来る前に計画的に入院→誘発する
無痛分娩を24時間対応している病院は少ないですし、無痛分娩はある程度のスタッフの確保が必要になるので、実際問題②の計画分娩にすることが多いです。
計画分娩の場合、子宮の出口の所見に応じて入院日を決めます。入院後に頚管拡張を行い、子宮収縮薬を用いて分娩誘発をします。
しかし誘発を始めても、最初は特に痛みは出ません。徐々に薬剤の量が増え、生理痛のような痛みになり、陣痛のような痛みに変わっていきます。
無痛分娩を始めるタイミングは、この痛みの自覚がある程度出て、子宮の出口がある程度開いてきてからになります。そうじゃないと分娩が思うように進まなくなってしまうからです。
そろそろ本格的な痛みになってきたぞというタイミングで、硬膜外カテーテルを挿入して麻酔を導入します。
そして適切に麻酔が開始できたら、痛みがしっかり取れているか、麻酔の効いている範囲が適切か(狭くても広すぎてもダメ)、モニター異常がないか、分娩がしっかり進行しているかを管理していくのです。
3. 母体の合併症
まず、命に関わる重要な合併症が次の3つ。
- アナフィラキシーショック:薬による重篤なアレルギー
- 全脊髄くも膜下麻酔:麻酔薬が誤って脳の方まで広がってしまう
- 局所麻酔薬中毒:麻酔薬が誤って血液中に入ってしまう
全脊髄くも膜下麻酔とは、カテーテルの位置が間違った方向に迷入してしまい、麻酔薬が脳の方まで流れ込んでしまった状態を言います。最初は足が動きにくくなり、続いて徐脈・血圧低下などを引き起こします。そのまま放置すると呼吸がなくなったり、意識を失ってしまうこともあります。
無痛分娩は比較的多い量の薬剤を投与するので、局所麻酔薬中毒のリスクもあります。局所麻酔薬が血液中に入り込んでしまう場合に発症するもので、耳鳴り・興奮状態・味覚異常・痙攣などを引き起こし、場合によっては呼吸停止・意識消失のリスクもあります。
- 母体発熱・掻痒感
- 低血圧
- 硬膜穿刺後頭痛
- 神経損傷・血腫 など
その他、上記の母体合併症が報告されています。経過を見れるものから、治療を要するものまで様々です。
4. 分娩中のリスク管理
上記合併症なく経過しても、無痛分娩中に産婦人科医が気にしていることはたくさんあります。質問形式でお答えしていきますね。
1. 胎児機能不全
無痛分娩をすると、赤ちゃんは苦しいの?
赤ちゃんが苦しいサインを出すのは、「麻酔導入直後〜10分以内」が多いです。基本的には一過性で5分以内に回復します。
赤ちゃんのモニター異常は、麻酔開始直後に起こることが多いです。
そのため、麻酔開始から30分以上は医師が患者さんにつきっきりで、麻酔の効果判定をしたり、モニターを評価したりしています。
赤ちゃんが苦しいサインを出すこともありますが、基本的には適切な対処で回復可能です。それ以降は普通の分娩と同じです。
2. 微弱陣痛
無痛分娩では陣痛が弱くなるの?分娩時間はどうなるの?
子宮収縮力は弱くなり、痛みの間隔も延びることが多いです。回旋異常の率も上がります。総じて、分娩時間は長くなります。
無痛分娩を始めると子宮が収縮しようとする力が弱まり、収縮間隔が延長することはよく経験されます。
そのため、速やかに分娩誘発・陣痛促進を行う必要があります1)。誘発・促進しなければ分娩が進まなくなってしまうことが多いです。
3. 器械分娩
鉗子分娩とか吸引分娩が増えるって聞いたけど本当?
本当です。海外の報告では「10%程度増加する2)」と言われていますが、体感はもう少し多いです。
無痛分娩をすると、前述の通り子宮の収縮力が弱まってしまい、分娩進行に時間がかかってしまいます。さらに、麻酔薬によって骨盤の筋肉が緩んでしまうので、回旋異常の頻度も高まります3)。回旋異常とは、赤ちゃんの頭が正常に回らない状態のことで、これが起きるとさらに分娩時間が延びたり、上手く降りて来れなくなってしまうのです。
また無痛分娩の場合、お母さんのいきみも上手く出来ないことがあります。感覚がないため、力の入れる方向とか程度がよく分からない。
それも相まって「分娩停止」となり、器械分娩(鉗子分娩あるいは吸引分娩)でサポートする必要性のある症例が多くなるのです。
4. 帝王切開
無痛分娩で帝王切開の頻度は増えるの?
海外の報告では特に増加はないとされています。一方、日本で多く行われている「計画無痛分娩」では、(初産婦さんの場合は特に)帝王切開が増加する可能性が示されています4)。
器械分娩の時にお伝えした通り、回旋異常や分娩停止、微弱陣痛などが起きやすくなります。分娩にできそうな所まで赤ちゃんが降りてきていたら器械分娩に出来ますが、そこまで至っていなかった場合は帝王切開になります。
特に「初産婦」「妊娠週数が早い」「頚管熟化が悪い」は帝王切開のリスクが高いとされています。
5. 分娩時出血
分娩の時の出血量はどうなるの?
無痛分娩に関わらず、どんな分娩でも大量出血のリスクはあります。しかし、子宮収縮が弱くなり、器械分娩になりやすい無痛分娩の方が、分娩時の出血量が増える可能性があります。
赤ちゃんと胎盤が出た後、子宮が速やかに収縮することで出血がおさまります。無痛分娩で子宮収縮力が弱まっていると、その収縮作用がうまくいかなくなるため、分娩時の出血が増える可能性が高くなります。
必要時は子宮収縮薬を追加したり、子宮を圧迫する処置をするなどして対応していきます。
6. ”痛みを感じづらい”ことによるリスク
他に何かリスクはある?
痛みを感じづらい分、発見が遅れる可能性のある疾患があります。常位胎盤早期剥離や子宮破裂などです。
赤ちゃんが生まれる前に胎盤が剥がれる病気である「常位胎盤早期剥離」や、子宮の筋肉が何らかの原因によって破れてしまう「子宮破裂」は、産科の緊急疾患です。
これらは通常、初期症状として「腹痛」を訴えることが多いのですが、無痛分娩の場合は痛みがマスクされてしまうので、発見が遅れてしまう可能性があります。
そのため、通常よりもさらに注意深くモニターを見て、少しでも異常があったらこれらの疾患を疑った介入をしていく必要があるのです。
5. 無痛分娩のメリット
色々と怖いことを書いてきました。
無痛分娩のリスクについては十分に分かっていただけたと思うので、最後に無痛分娩の良い所をお話しして終わりにしたいと思います。
- 母体への負担が少ないため、心疾患や高血圧合併妊婦などの分娩に適切
- 分娩時の痛みが緩和される
- 痛みが少ない分、精神的に安定する
- 会陰縫合(おしもの所を縫う)などの処置時も痛くない
- 仮に緊急帝王切開になった際に、すでに背中の麻酔が入っている分、迅速に手術麻酔の導入ができる
- 分娩の痛みに耐えられずに緊急帝王切開になる(通称:ギブアップカイザー)ことはなくなる
- 産後の回復が良い可能性がある など
分娩時の負担が少ない場合は、産後の回復が早いと実感される方も多い印象です。
今後、産科がどんどん集約化されていったら、無痛分娩ももっと普及していくのだと思います。
妊婦さんの負担が少なく、かつ赤ちゃんへの安全を担保できる管理をしていけるよう、産科医療の体制を整えることが大切ですね。
いかがだったでしょうか。
無痛分娩については、色々なご意見があると思います。
私も1つの施設でしか無痛分娩を経験したことがないので、無痛分娩というものをしっかりと理解しているわけではありません。
あくまでもいち産婦人科医からの意見としてみてもらえると嬉しいです。
無痛分娩についてより詳しく知りたいという方は、日本産科麻酔学会のHPを参考にしてみてください。
無痛分娩のメリットはもちろん多いです。しかし産婦人科医とすると、嫌な経験もあるので複雑だったりします。
無痛分娩という選択をするにあたり、デメリットについても知っておいてもらいたい。それがいち産婦人科医の願いです。
基本的にはご夫婦が悩んで決めた選択がベストだと思っています。産婦人科医はそれをサポートするだけなので、一緒に頑張りましょう。
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こんにちは、ゆきです。産婦人科医として働いています。