以前、流産の記事を書きました。
流産の手術の時には必ず病理の検査を出しますが、その理由は「いわゆる普通の流産」なのか、悪性成分や細胞の形の変化を伴う「絨毛性疾患」なのかを調べるためです。
胞状奇胎という言葉は聞いたことはあるでしょうか?聞き慣れないという方がほとんどなのではないでしょうか。
流産の手術後にこの診断を受ける方もいらっしゃるかと思いますが、今日はそんな胞状奇胎をはじめとする絨毛性疾患について解説していこうと思います。
目次
1. 絨毛性疾患には6種類ある
絨毛は妊娠に伴って発生する胎盤の一部で、胎児期に胎児血管と母体血管との間の栄養や酸素の交換を担っているものです。
そして、絨毛を構成する栄養膜細胞(トロホブラスト)と呼ばれる細胞が異常増殖をきたした疾患を総称したのが絨毛性疾患です。
絨毛性疾患には下記のように様々な種類がありますが、大きく6つに分類されます。
- 胞状奇胎
▶︎全胞状奇胎
▶︎部分胞状奇胎 - 侵入胞状奇胎
- 絨毛癌
- 胎盤部トロホブラスト腫瘍(PSTT)
- 類上皮性トロホブラスト腫瘍(ETT)
- 存続絨毛症
▶︎奇胎後hCG存続症
▶︎臨床的侵入奇胎
▶︎臨床的絨毛癌
今回の記事では、絨毛性疾患の中で比較的頻度の高い①〜③までをとりあげます。
順にまとめていきますね。
2. 受精過程の異常で発生する”胞状奇胎”
1. 父方由来の遺伝情報が過剰な疾患
胞状奇胎とは、栄養膜細胞の増殖と間質の浮腫が生じ、絨毛が水腫状腫大をきたしたものを言います。
卵のゲノム異常が原因と考えられていて、
・ゲノムが欠損した卵子に1つあるいは2つの精子が受精したものが「全胞状奇胎」
・卵子に2つの精子が受精して3倍体として発生したものが「部分胞状奇胎」
です。
つまり、全胞状奇胎の場合は全ての染色体が父親由来になり、部分胞状奇胎の場合は2/3が父方に由来し、1/3は母方に由来している状況となります。
2. よくある症状は?
頻度が高い症状は、
- 無月経
- 不正性器出血
- つわり症状
- 妊娠高血圧症候群様の症状(浮腫や血圧上昇など)
など。正常妊娠の時よりもつわり症状などは重症度が高いことが多いです。
というのも、胞状奇胎では栄養膜細胞が異常増殖していることにより、正常の妊娠よりもhCGが高値になっている可能性が高いから。
従って、hCGは胞状奇胎の治療効果判定や管理のために非常に有用な腫瘍マーカーになります。
3. リスク因子は?
胞状奇胎の既往がある女性や、40歳以上の高齢妊娠の時に発症率が高くなることが分かっています。
※胞状奇胎の既往では約10倍
※40歳以上の高齢妊娠では約20〜30倍
4. 治療や管理はどうするの?
胞状奇胎が疑われる場合は、出来るだけ早急に子宮内容除去術を行い、内容物を病理検査に提出することが求められます。
病理検査で全胞状奇胎あるいは部分胞状奇胎と診断されたら、1週間後に再度搔爬術を行い、内容物の遺残を摘出します(残存病変がなければ省略することもあります)。
胞状奇胎の治療は一次管理と二次管理に分けられますが、トータルでは数年間のフォローが必要。なかなか大変です。
必ずhCGをフォローしながら管理していきます。
一次管理
一次管理とは、『子宮内容除去術後、hCGが陰性化するまで』を管理していくものです。
・術後5週:1000mIU/mL以上
・術後8週:100mIU/mL以上
・術後24週:カットオフ値以下
1〜2週間ごとに血中hCGを測定していき、上記の基準を常に下回っていれば「経過順調型」、いずれかでも上回ってしまうと「経過非順調型」です。
二次管理
二次管理とは、『hCGが陰性化してから数年間』の管理をいいます。
一度hCGがカットオフ値以下になっても再度上昇する可能性もあり、3〜4年程度は3〜4ヶ月ごとに血中hCGを測定することが必要なのです。
カットオフ値以下が6ヶ月程度持続していれば次の妊娠は許可できますが、前述の通り胞状奇胎は繰り返すことも多いため、慎重な管理が求められます。
3. 侵入奇胎
1. 侵入奇胎って何?
侵入奇胎とは、胞状奇胎の後(多くは6ヶ月以内)に発生し、奇胎絨毛が子宮筋層や血管に侵入したものです。
全胞状奇胎の10〜20%、部分胞状奇胎の0.5〜2%に続発すると言われています。
2. 症状や特徴は?
性器出血がメインですが、無症状のこともあります。
骨盤MRI検査では造影効果を伴う腫瘤性病変が認められます。
1/3の症例に肺転移も認めるため、胸部レントゲンや胸部CTでのスクリーニング検査が求められます。
3. 治療はどうするの?
基本的には化学療法を行います。
初回治療としては、MTX(メトトレキサート)やACTD(アクチノマイシンD)の単剤投与が推奨されます。
もし初回治療での治癒が難しい場合は、抗癌剤の種類を変更したり、2剤を併用したりして化学療法を続けます。
侵入奇胎については化学療法のみでほぼ100%の寛解が得られるため、基本的には手術療法は必要とされません。
血中hCGが1年間正常値を維持すれば、次の妊娠を許可します。
4. 絨毛癌
1. 絨毛癌って何?
一方、絨毛癌は異型性を示す栄養膜細胞の異常増殖からなる悪性腫瘍です。
全胞状奇胎の1〜2%に続発すると報告されていますが、胞状奇胎後のみではなく、普通の分娩だったり、特に問題ない流産の後にも続発し得るというのがポイントです。
妊娠・出産(あるいは流産)してから絨毛癌を発症するまでの期間も多種多様ですが、数年を経過してから発症した方が予後は悪いと考えられています。
2. 症状や特徴は?
性器出血だけでなく、肺や脳・肝臓への血行性の転移の影響を受け、下記のような様々な症状を呈します。
- 呼吸器症状(肺転移による)
- 頭痛や痙攣など(脳転移による)
- 腹痛など(肝転移による)
侵入奇胎と同様、骨盤MRI検査で造影効果のある腫瘤が見られます。
肺転移の合併率は侵入奇胎よりも多く、症例の2/3程度。
また、肝臓や頭部にも転移する頻度が多いため、胸部だけでなく頭部や腹部を含めた造影CTによる全身の評価が必要です。
3. 治療はどうするの?
抗癌剤での治療が原則ですが、侵入奇胎とは異なり、複数の抗癌剤を組み合わせた多剤併用療法が必須になります。
- EMA/CO療法
・メトトレキサート
・エトポシド
・アクチノマイシンD
・シクロホスファミド
・ビンクリスチン - MEA療法
・メトトレキサート
・エトポシド
・アクチノマイシンD
など
初回治療に抵抗性がある絨毛癌に対しては、抗癌剤の種類を変えながら経過を見ていきます。
治療中は化学療法に伴う有害事象に対して適宜対応し、しっかりと投与スケジュールを守って投薬することが大切です。
毎週hCGの値をフォローしていき、血中hCGが1年間正常値を維持すれば、次の妊娠を許可します。
手術やガンマナイフなどの放射線療法を行うこともありますが、症例は限定的です。
化学療法で治療しきれない症例の予後は不良であると考えられています。
5. まとめ
- 絨毛性疾患には6つの種類がある
- 「胞状奇胎」の場合、まずは手術を行い病理組織学的検査を行う
- 一次管理と二次管理があり、hCGの定期的なフォローが重要である
- 胞状奇胎の後に、絨毛が子宮の筋層や血管に侵入したものが「侵入奇胎」
- 侵入奇胎の治療の基本は抗癌剤の”単剤療法”
- 絨毛癌は異型を伴う栄養膜細胞の異常増殖によって起きる悪性腫瘍
- 絨毛癌は胞状奇胎だけでなく、正常妊娠や流産の後にも続発する
- 絨毛癌の治療の基本は抗癌剤の”多剤併用療法”
いかがだったでしょうか。なかなか管理が大変な疾患ですよね。
経過順調型であっても、数ヶ月〜数年単位のフォローが必要になります。
部分胞状奇胎の場合は特に、なかなか事前診断がつかず、「稽留流産と診断されて手術をしたら病理検査で胞状奇胎であることが分かった」ということも多いです。
ぜひ、みなさんに知ってもらいたい疾患の1つだと考えています。
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こんにちは、ゆきです。産婦人科医として働いています。