以前、質問箱でこんなご質問をいただきました。今回は「更年期障害」をテーマにまとめてみようと思います。
目次
1. 更年期障害って何?
更年期(menopause)とは、閉経の前後5年のことです。閉経する年齢には個人差がありますが、大体50歳頃(日本の平均は52歳)。そのため、45〜55歳あたりが更年期に当たります。
この時期に多彩な症状が出て、日常生活に支障が出るようになった病態が更年期障害です。更年期症状としては、上のイラストのようなものが挙がります。
①血管運動神経障害
顔のほてり・のぼせ(ホットフラッシュ)、汗をかきやすい
②身体症状
疲れやすい、めまい、動悸、頭痛、肩こり、腰痛、関節痛、足腰の冷え
③精神症状
不眠、イライラ、不安感、抑うつ気分
これらの症状は、主に卵巣機能の低下に伴うホルモンの変動によって生じることが分かっています。しかし、明確な診断基準があるわけではありません。
更年期の時期に様々な症状が出現し、他に明らかな原因がない場合、更年期障害と診断することになるのです。
2. 基本は問診から
更年期症状の訴えがあったら、まずは問診を行います。
下に、日本産科婦人科学会生殖・内分泌委員会が2001年に作成した評価表を示します。これら21項目に対して、「症状が①強い・②弱い・③無い」の3段階で評価していきます。
<日本人女性の更年期症状評価表>
- 顔や上半身がほてる(熱くなる)
- 汗をかきやすい
- 夜なかなか寝付かれない
- 夜眠っても目を覚ましやすい
- 興奮しやすく、イライラすることが多い
- いつも不安感がある
- ささいなことが気になる
- くよくよし、憂鬱なことが多い
- 無気力で、疲れやすい
- 眼が疲れる
- 物事が覚えにくかったり、物忘れが多い
- めまいがある
- 胸がドキドキする
- 胸がしめつけられる
- 頭が重かったり、頭痛がよくする
- 肩や首がこる
- 背中や腰が痛む
- 手足の節々(関節)の痛みがある
- 腰や手足が冷える
- 手足(指)が痺れる
- 最近音に敏感である
症状が漠然としていたり、訴える症状が受診毎に変化したりしがちですが、更年期障害はそういった疾患です。様々な要因が複雑に関係しあって発症する症候群であり、個人差も大きいのです。
そのため、医療者側がそれに対する正しい知識を持ち、患者の心理社会的な背景を理解する必要があります。
3. 鑑別が必要な疾患
更年期症状を診断するには、「他の疾患ではない」ことを確かめることが重要です。
鑑別として特に重要になってくるのが
- 甲状腺疾患
- うつ病
の2つ。どちらも更年期に発症しやすく、呈する症状も似ています。
そのため、採血で甲状腺項目の異常がないかを確かめたり、精神症状の推移を慎重にフォローしていく必要があります。
その他の器質的な異常がないかも留意しながら治療を進める必要があり、症状が強い場合や治療効果が悪い場合は、鑑別診断のために各専門科に紹介していきます。
4. 不定愁訴と血管運動神経症状
1. 不定愁訴
- 多彩で変化する自覚的な身体症状があり、
- 他覚的検査では異常が認められず、
- 症状を説明する身体的疾患を特定できない
これら全てが当てはまる場合、これを「不定愁訴(ふていしゅうそ)」と呼びます。
多彩な症状ごとに処方を行うと、途端にたくさんの種類の薬を飲まなければなりません。したがって、不定愁訴の症例に対しては、漢方療法が有用と考えられています。
2. 血管運動神経症状
一方、ホットフラッシュなどの血管運動神経症状は、女性ホルモンであるエストロゲンの減少に伴う典型的な症状です。
すなわち、血管運動神経症状が強い人に対しては、エストロゲンを補充するホルモン補充療法(HRT;hormone replacement therapy)の有効性が高いと考えられています。
5. 不定愁訴にはまず漢方
更年期障害の患者さんの多彩な症状に対し、身体の”気の流れ”を調整することで症状改善を目指すのが漢方療法です。
更年期障害に対してよく用いられる婦人科三大漢方薬は次の通りです。
- 当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)
- 加味逍遙散(かみしょうようさん)
- 桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)
それぞれ、患者の性格・症状・体格に沿った処方を行います。下記のキーワードをもとに漢方の種類を選択します。
- 冷え性(主に下半身の冷え)
- 貧血気味
- 浮腫傾向
- 冷えのぼせ
- 体力が弱い
- 肩こり・疲れ
- イライラや焦りなどの精神不安定
- 症状の訴えが多い
- 悪い病気ではないかと思いこむ傾向
- 冷えのぼせ
- 赤ら顔(ホットフラッシュ)
- 体力は比較的ある
更年期障害に対する漢方薬の有効性は、最近多くの論文で示されてきています。効果の有効性には個人差があるため、1〜2ヶ月の間は慎重に経過をみます。
6. 血管運動神経症状がメインなら
1. ホルモン補充療法(HRT)
血管運動神経症状は、エストロゲンが不足しているから起きる症状でした。つまり、エストロゲンを補えば症状の改善が見込めるわけで、それを目的としたものがホルモン補充療法(HRT)になります。
血管運動神経症状に対して高い有効性を持ち、かつ即効性もあるのがHRTです。内服薬の他、皮膚に貼る貼付薬もあるのですが、どちらもほぼ同等の有効性が見込めます。
子宮摘出後であれば「エストロゲンのみ」を、子宮が残っている状態であれば「エストロゲン+黄体ホルモン」を用います。
子宮が残っている状態でエストロゲンのみを使っていると、子宮体癌のリスクが上がってしまうからです。
HRTによって増加する可能性のある疾患として、
- 乳癌
- 卵巣癌
- 冠動脈疾患
- 脳卒中
- 静脈血栓塞栓症
が挙げられます。
これら有害事象の発症に十分注意しながら、治療適応や治療中の管理を判断する必要があります。
HRTは奥深い分野なので、詳細は今度改めて記事にしようと思います。
2. 大豆イソフラボンなどの補完代替医療
大豆イソフラボンは「植物エストロゲン」として知られており、多くの研究によって、大豆イソフラボンの摂取がホットフラッシュの頻度を減少させることが出来たと示されています。
大豆イソフラボンの腸内細菌分解産物であるエクオール(エクエル®︎)は、臨床現場でもよく用いられます。乳癌の既往があるなど、HRTが出来ない人にも有用です。
一方、高容量・長期間の大豆イソフラボン投与(150mg/日×5年間)により、子宮内膜増殖症という病気の発症頻度が増えたことが知られているので、現在は30mg/日の摂取に留めるよう通達があります。
7. 精神症状がメインなら
精神症状に対しても、HRTは有用だと考えられています。
しかしうつ・不安・不眠などの症状が強い場合は、精神科や心療内科に紹介した上、抗うつ薬・抗不安薬・眠剤などの使用を考慮するべきです。
更年期のうつ病・うつ状態に対しては、HRTよりも抗うつ薬であるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)の有効性が高いと考えられているからです。
また、精神・心理面でストレスを抱えている人に対しては、心理的アプローチも必要です。社会環境におけるストレスの解消や環境整備などをアドバイスし、適切なカウンセリングなどを行います。
今回は更年期障害についてまとめてみました。
ホルモン状態が一気に変化する更年期は、本当に多彩な症状が出現してきますよね。
更年期障害について少しでも知ってもらえれば、いざ自分や自分の母親がそのような症状になった時に、より良い対応ができるかもしれません。食事や運動療法などの生活習慣の改善も、更年期障害の立派な治療の1つになります。
最後に、少しでも多くの方にこのブログをご覧いただけるよう、応援クリックよろしくお願いします!
こんにちは、ゆきです。産婦人科医として働いています。