新型コロナウイルスによる第3波が猛威を奮っている昨今。今となっては、いつ誰が感染していてもおかしくない状況です。
特に妊婦さんは重症化リスクが高いと言われているので、不安を募らせている方が多いと思います。また、妊娠中にコロナウイルスのスクリーニングとしてPCR検査を受けなければならない病院も多く、それに対する疑問の多さも伺えます。
PCR検査については、質問箱でも複数のご質問を頂きました。
今回は、妊娠中の新型コロナウイルス感染症をテーマに、産婦人科医の視点から少しお話しが出来ればと思います。
最初にお伝えしておきたいのは、私は新型コロナウイルス感染症の専門家ではなく、ここ最近の論文を全て読んでいる訳でもないということ。また、私の病院で行っていることはあくまでも1例であり、病院によって少しずつ違いがあるだろうということです。
その点をご了承頂けますと幸いです。
目次
1. 新型コロナウイルス感染症:COVID-19
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、SARS-CoV-2と標識されたRNAウイルスによって引き起こされます。2019年12月に中国の武漢で最初の症例が報告された後、急速に各国に広がっていきました。
2020年12月19日時点で、国内での新型コロナウイルス感染症の感染者は193,031例、死亡者は2,828名にのぼっています1)。
欧米と比べると日本の死亡率や重症率は低い傾向にありますが、現時点で国別の患者数や予後に関する差異の背景は不明です。
症状としては発熱・咳などの呼吸器症状が最も多く、他に長期に続く全身倦怠感、味覚・嗅覚障害、皮疹などが報告されています。
COVID-19の診断は気道分泌物のPCRによるウイルス遺伝子の検出が基本です。しかし偽陰性や偽陽性の問題もあり、「念のため」の検査は推奨されていません。
また、胸部レントゲンや胸部CTで特徴的なすりガラス状陰影がみられることも特徴的です。妊娠中であっても必要があれば検査を躊躇する必要はありません。
2. 妊婦と呼吸器感染症
妊婦がなぜ重症化リスクが高いと考えられているのか。
それは、妊娠によって子宮が大きくなることで、次のような身体の変化がもたらされるからです。
- 酸素消費量が増える
- 横隔膜(呼吸をするための筋肉)が上がる
- 気道粘膜がむくみやすくなる
つまりCOVID-19に関わらず、妊婦さんは呼吸器病原体や重症肺炎にかかりやすく、低酸素に対する耐性能が低い状態なのです。
同じようにインフルエンザの重症化リスクも高いので、インフルエンザワクチンは早めに接種しておきましょう。妊娠期間中、どこでもうつことが可能です。
3. 海外からの報告
ここで、今まで発表されているいくつかの論文をご紹介します。
1. Turan Oらの報告
2020年5月29日までのコロナ陽性妊婦のデータベースをまとめた研究。637例の妊婦を対象とした63件の観察研究を解析2)。
- ほとんどの女性(76.5%)が軽症だった
- 予後不良因子は「高齢」「肥満」「糖尿病」「D-dimer上昇」「IL-6上昇」
- 母体死亡率は1.6%
- 死産率は1.4%
- 新生児死亡率は1.0%
- 早産率は33.7%
- ほとんどは帝王切開での出生
- 8人(2.0%)の新生児がコロナ陽性→48時間以内に胸部感染症を発症
2. Hessami Kらの報告
2020年7月までの2815件の研究のうち、母体死亡37例、周産期死亡12例(胎児死亡7例、新生児死亡5例)を報告した10件の研究をレビューしたもの3)。
- 全ての妊産婦死亡は合併症のある女性でみられた
- リスク因子は「肥満」「糖尿病」「喘息」「高齢」
- 妊産婦死亡の主な原因は、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)と肺炎の重症度
- 分娩後に血栓塞栓症で死亡した症例も1例あった
- 胎児・新生児死亡は感染よりも未熟児の結果であることが示唆された
- 死亡した新生児の間には、垂直感染やコロナ陽性は認められなかった
3. Castro Pらの報告
計538件の論文を分析し、重症な感染を呈した27件の研究を選定した解析。COVID-19の他、SARSやMERSも含めてCoV感染症と妊婦の転帰を調査4)。
- 肺炎に移行したCoV感染妊婦の症状は下記の通り
- 発熱(fever)が最も多く、咳(cough)、咽頭痛(sore throat)、下痢(diarrhea)、呼吸困難(dyspnea)の報告もある
- COVID-19感染者のうち、ICUに入院したのは9.3%
- 人工呼吸を要したのは5.4%
- COVID-19はSARSやMERSよりも転帰は良好だったが、早産・帝王切開率は高値であった
4. 日本産婦人科医会からの提言
一方、日本ではどのような状況なのでしょうか。
2020年12月、日本産婦人科医会から報告がありましたので、それを踏まえて見ていきましょう5)。
1. 妊婦のCOVID-19感染率
東京都 | 神奈川県 | |
---|---|---|
調査期間 | 2020年4〜10月 | 2020年2〜9月 |
累積陽性者数 | 30,556 | 6,896 |
妊婦の陽性者数 | 97 | 23 |
陽性者のうち妊婦の占める割合 | 0.31% | 0.33% |
東京・神奈川における妊婦の陽性者数をまとめたものです。
妊婦さんの感染率は一般の人と比べて低い傾向にあります。
これは妊婦だから感染しにくいというものではなく、妊婦さんや周りの家族などが意識して感染対策に励んだ成果だと考えられます。
引き続き、マスクや手洗いを行い、3密を避ける行動を心がけましょう。
2. 感染時期・感染経路
下記は2020年1〜6月までの計72例の妊婦陽性者の特徴を示したものです。
感染時期 | 陽性者数(%) |
---|---|
妊娠初期(妊娠14週未満) | 15(20.8%) |
妊娠中期(妊娠14〜27週) | 31(43.1%) |
妊娠後期(妊娠28週以降) | 21(29.2%) |
分娩後 | 5(6.9%) |
感染経路 | 陽性者数(%) |
---|---|
家庭内 | 41(56.9%) |
市中感染 | 8(11.1%) |
感染地域への渡航・滞在 | 4(5.6%) |
職場内 | 3(4.2%) |
妊娠中期の感染が多く、60%が家庭内感染であることが示されています。
旦那さんが職場の飲み会で持ち帰ってきた、などの症例が多い印象です。妊婦さん自身が気をつけるだけでは防げません。
3. 症状・治療
こちらも2020年1〜6月までの計72例の妊婦陽性者の特徴を示したものです。
症状 | 陽性者数(%) |
---|---|
無症状 | 14(19.4%) |
軽症 | 44(61.1%) |
中等症 | 13(18.1%) |
重症・死亡* | 1(1.4%)* |
治療 | 陽性者数(%) |
---|---|
ECMO | 0 |
人工呼吸器 | 1(1.4%)* |
酸素投与 | 10(13.9%) |
*は感染流行地からの渡航者で、入国直後に発症し死亡した症例です。
現時点で、国内発症のCOVID-19妊婦の重症例の報告はありません。
全て酸素投与までで治療できており、新生児感染も0例です。
以上から日本産婦人科医会は、「感染を過度に心配する必要はなく、家族全員で予防対策を徹底しましょう」と結論付けています。
5. 妊婦に対するPCR検査の意義
さて、現段階での研究結果・日本の動向が分かったところで、質問箱で質問の多かった妊婦さんに対する新型コロナウイルスPCR検査に話を進めましょう。
1. 無症状でもコロナ陽性の妊婦がいる
2020年3月22日〜4月4日にニューヨークの病院で分娩をした215人の妊婦のうち、症状のあった4人がPCR陽性であったのに加え、無症状であった210人対してもPCR検査を行った結果、29人(14%)が陽性だったという報告がありました。
国内でも早期に分娩前のスクリーニングを開始した慶應義塾大学病院で、無症状の妊婦にコロナ陽性者が確認されています。
新型コロナウイルスは半数近くが症状が現れる前に感染力を持つことが知られており、症状や病歴だけではなく、PCR検査によるある程度の分別が必要なのです。
2. 分娩は3密
病院で無症状者に新型コロナウイルスのスクリーニング検査が求められるケースは、
- 妊娠中(分娩前)
- 全身麻酔の手術前
が多いと思います。
「手術前」は人工呼吸のための気管挿管時にエアロゾルが発生することを考慮して行います。入院後、手術前日〜前々日に検体を採取して結果を確認することで、リスクヘッジが出来るわけです(陽性なら手術延期)。
それでは妊娠中に行うのは何故なのか?
それは、お産は手術と違って予定が立てられないからです。
陣痛や破水が始まってから検体を採取しても間に合いません。
結果を待っている間も分娩は進行してしまいます。仮にコロナ陽性であっても、分娩を止めることは出来ないのです。
一方、お産はかなりの痛みを伴い、呼吸も荒くなります。基本的にはマスク装着を指示しますが、どうしてもずれたり、外れたりしてしまうこともあります。
更に助産師は、妊婦さんとかなり近い距離で対応しますし、分娩室は比較的狭い密な空間です。分娩時には医師・新生児が感染するリスクもあります。
分娩はまさに3密なのです。
だからこそ、無症状のコロナ陽性妊婦をなんとしてもピックアップしたいという思いがあります。
3. 院内感染が広がれば分娩停止のリスク
旭川赤十字病院の例が記憶に新しいですが、分娩施設で院内感染が発生した場合には、感染が拡大するのみならず、最悪の場合「分娩停止」につながります。
分娩停止になると、周辺の医療施設に妊婦さんをお任せすることになり、妊婦さんは、いきなり新しい病院での妊婦健診・分娩を余儀なくされる上、病院までの交通手段についても課題が出てきます。ただでさえ不安な分娩前に、環境の変化があることは痛手です。
また、他院の妊婦さんを受け入れないといけない病院の負担も大きいのです。
以前、マタ旅についてのブログ記事を書きましたが、ここでも「知らない病院で周産期管理をするリスク」について示してあります。良ければ合わせてご覧下さい。
4. 公費での助成がある
1〜3の結果を踏まえ、妊娠中の新型コロナウイルスPCR検査については、1人1回に限って公費での助成があります(2万円上限)。
そのため病院サイドとしても、妊娠中の検査を勧めやすい背景があるのです。
基本的には「検査を希望する妊婦のみ」になっているPCR検査ですが、質問箱を見てみるとある一定の強制力をもって指示されている病院が複数あるのだなと推察します。
6. PCR検査から分娩までの流れ
私の働く病院でも、現時点では妊婦さんのPCR検査が必須になっています。
しかし、たまにこのようなご指摘があります。
この質問者さんの言い分も、ある意味もっともだなとは思います。
コロナウイルスPCR検査は、妊婦さんのためというよりも、どちらかと言えば病院のため(院内感染を防ぐため)の要素が強いからです。
ただ前述の通り、院内感染をなんとしても防ぎたい医療者側の気持ちもあるのです。申し訳ないなとは思うのですが、ご理解頂けると幸いです。
1. PCR検査のフローチャート1例
多くの病院では妊娠36週前後でPCR検査を施行しています。切迫早産などで入院している患者さんに対しては、分娩になりそうだと思ったタイミングで、実施時期を早めることもあります。
結果に応じた流れは次の通りです。あくまでも1例としてご覧下さい。
<結果:陰性>
引き続き感染対策に努めてもらう
以降、無症状であれば再検査はしない
<結果:陽性+分娩徴候なし>
保健所・本人に連絡、入院管理
↓
1回目のPCR検査から6日後に再度PCR検査を施行
陰性:24時間あけて2回陰性が確認できたら退院
陽性:初回PCR検査から10日間無症状で経過したら退院
<結果:陽性+分娩徴候あり>
保健所・本人に連絡、入院管理
↓
診察所見に応じて計画分娩を行う
すぐに分娩になりそうなら経腟分娩トライ
そうでなければ選択的帝王切開術
(経腟分娩と帝王切開でトータルの所要時間が短い方を選択する)
コロナ陽性妊婦を受け入れられる病院は限られているため、場合によっては高次医療施設に転院になることもあります。
2. なんで帝王切開なの?
現時点で、COVID-19感染のみで帝王切開の適応にするべきという根拠はありません。しかし、施設の感染対策にあてる医療資源や、肺炎などの妊婦さんの全身状態を鑑みて、分娩管理時間の短縮を目的とした帝王切開が考慮される、と日本産科婦人科学会が提唱しています6)。
密な状況で十何時間も分娩管理をすることがリスクだからです。その管理が可能な施設では経腟分娩が可能ですが、スタッフの手間や他科との兼ね合いもあって帝王切開が選択されることが多いのが現状です。
もちろん経産婦さんなど、経腟分娩の方が早い場合もありますので、そこはケースバイケースで考えて行動しています。
3. 母児分離が必要?
コロナ陽性妊婦がそのまま分娩になった場合、母子双方のPCR陰性が確認できるまで、出生後の母子接触は禁止されることが多いと思います。また母乳にウイルスが含まれるという報告もあるため、新生児は完全な人工栄養です6)。
新生児科医と十分な連携を取りながら対応します。
4. 小児科・麻酔科医との兼ね合い
「コロナ陽性妊婦」に関わるのは、産婦人科医だけではありません。
新生児の管理は小児科の先生にお任せしなければなりませんし、帝王切開が必要になったら麻酔科の先生のご協力も必要です。
NICUに入院になったら、同じくNICUに入院している赤ちゃんにも影響が及ぶ可能性があります。
だからこそ、安全策を取りたい意識が働きます。
7. 緊急事態宣言から半年経って思うこと
緊急事態宣言からあっという間に半年。私の勤務する周産期センターでは、その頃から上のようなフローチャートに沿って対応してきました。
ここまで話してきて今更かとは思いますが、私も妊娠36週で妊婦さん全例に行うPCR検査に意味があるとはあまり思っていません。病院の上層部が指示するので、仕方なく動いているだけといった感じではあります。
麻酔科・小児科医からの要望でもあります。
しかし何故上層部がそこまでしてPCR検査をしたいかと言うと、少しでもコロナ陽性妊婦をピックアップ出来る機会を減らしたくないという思いからだそうです。無症状の陽性者により、院内感染が蔓延して分娩停止になることを防ぎたいという考えもあるでしょう。
決して、妊婦さんを不利な立場に追いやるつもりはありません。
偽陰性・偽陽性の可能性も理解しているので、陽性だったからといってすぐに帝王切開をするわけでもありません。
色々と納得いかないことも多く、現場の人間としても疑問がある検査ではあるのですが、こういった前代未聞の感染症と戦うために、医療者としても様々な考えを巡らしているということがご理解いただければ嬉しいです。
今日は新型コロナウイルス感染症についてまとめてみました。
今までの研究結果とスクリーニング目的のPCR検査がメインになりましたが、いかがだったでしょうか。
分娩立ち会いも禁止、帰省分娩も推奨しないなど、妊婦さんにとって、そしてご家族にとってもかなり辛い時期だと思います。
妊娠中の精神症状にも影響があるかと思いますので、何か不安や疑問があったら、適宜担当医に伝えて下さいね。引き続き感染対策を行い、国民全員でこの国難を乗り切りましょう。
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こんにちは、ゆきです。産婦人科医として働いています。