今日は母子感染症の1つ、トキソプラズマについてです。
Twitterを見ていると、妊婦さんが色々なことに注意して頑張っていらっしゃるのが伺えます。トキソプラズマ感染症もその1つでしょう。
適切な対策を取るには、相手を知ることが大切。少しでもトキソプラズマについての知識がプラスされるよう、簡潔にまとめていきたいと思います。
目次
1. トキソプラズマは原虫による感染症
トキソプラズマ症とは、原虫の一種であるToxoplasma gondiiが細胞の中に寄生することによる感染症です。
胎内感染により赤ちゃんに重篤な疾患を引き起こす感染症を総称して「TORCH症候群」と言いますが、トキソプラズマはその”T”にあたります。
- Toxoplasmosis:トキソプラズマ
- Other agents:梅毒、水痘、コクサッキー、B型肝炎などその他の病原体
- Rubella:風疹
- Cytomegalovirus:サイトメガロウイルス
- Herpes simplex:単純ヘルペス
トキソプラズマは経胎盤感染と言って、胎盤を介して病原体が赤ちゃんの血液の中に侵入する感染経路をとります。
妊婦さんの抗体保有率には地域差があり、2〜10%程度とされていますが、近年のトキソプラズマ抗体の陽性率は低下傾向で、2013〜2015年の妊婦の抗体率は6.1%1)でした。
妊婦さんが初感染すると赤ちゃんに影響が及ぶ可能性があり、流早産や先天性トキソプラズマ症の原因になり得ます。
2. 先天性トキソプラズマ症って?
妊娠期間中、妊婦さんがトキソプラズマに初感染する確率は0.13%程度です。そしてその中の約10〜15%が赤ちゃんに感染します。
日本での先天性トキソプラズマ症の発症数は10,000出生あたり1.26と推計されており2)、頻度の高い症状として次のようなものが挙げられます。
<3主徴+α>
水頭症+脳内石灰化+網脈絡膜炎
- 脳室拡大
- 小頭症
- 髄膜炎
- 精神運動発達遅延
- 肝脾腫
- 痙攣
- てんかん
- 低出生体重児 など
赤ちゃんへの感染リスクは感染した時期によって異なり、
・妊娠初期の感染では胎児感染率は低いが、症状は重度になる
・妊娠経過と共に胎児感染率は増加するが、胎児の重症度は低くなる
という傾向を示します。
抗体陰性化の時期(weeks) | 経胎盤感染率(%) | 臨床症状出現リスク(%) |
---|---|---|
12 | 6 | 75 |
16 | 15 | 55 |
20 | 18 | 40 |
24 | 30 | 33 |
28 | 45 | 21 |
32 | 60 | 18 |
36 | 70 | 15 |
40 | 80 | 12 |
妊娠末期に感染した症例では、生後数年してから目の病変が確認され、そこで初めて先天性トキソプラズマ症と診断されることもあります。
3. 何が原因で感染するの?
トキソプラズマは、加熱不十分な食肉、飼い猫のトイレ掃除、園芸、砂場遊びなどによって手についたり、洗浄不十分な野菜や果物に付着していたものが口から体内に入って感染が成立することが多いです。
成人の場合はトキソプラズマに感染しても8割程度は症状がなく、2割で発熱や倦怠感など風邪症状が生じ、数週間で回復します。
気付かないから怖い疾患とも考えられます。
だからこそ感染予防が大切なのです。
トキソプラズマ妊娠管理マニュアル1)では、感染予防のために下記を推奨しています。
【①食事からの感染予防】
・肉類は十分に加熱すること(調理前に数日間冷凍するとより効果が高い)
・野菜や果物はよく洗うか、きちんと皮をむく
・生肉や洗っていない野菜・果物を扱った調理器具や手指は十分な洗剤と温水で洗浄する
・猫をキッチン、食卓に近づけない
【②環境からの感染予防】
・飲料水以外は飲まない
・土を触る時は手袋を着用し、その後はきちんと手洗いする
・子供にも手指洗浄の重要性を教育
・砂場にはカバーをかける
・妊娠中に新しい猫は飼わない
・飼い猫は出来るだけ部屋飼いにし、食餌はキャットフードを与える
・猫のトイレの砂は妊婦以外のものが毎日交換する
4. 妊婦健診でのスクリーニングの実情
日本では全妊婦を対象としたスクリーニング検査は推奨されていません。現時点では半数程度の実施率です。
抗トキソプラズマ抗体として「IgG」と「IgM」があります。
ざっくり解説すると、IgGは過去の感染を示唆する指標、IgMは比較的最近の感染を示唆する指標です。
IgM陽性者の約3割は妊娠中の初感染です。しかし、残り約7割は本当の初感染ではなく、IgM抗体陽性が長期間持続する妊婦(persistent IgM)であったり、検査キットの感度による偽陽性と考えられます。
そのため精査としてIgG avidityを測定することもあります。
avidityは抗原と抗体の結合力の総和を指すので、avidityが弱ければ感染してから間もない時期=初感染の可能性が高いと推定できます。
- IgG陰性→未感染=感染予防に努める
- IgG陽性+IgM陰性→既往感染
- IgG陽性+IgM陽性
▶︎IgG avidity高値→既往感染
▶︎IgG avidity低値→トキソプラズマ初感染を疑う
5. 初感染が疑われた時の対応は?
検査データ上、トキソプラズマの初感染が疑われる妊婦さんに対しては、まず問診を行い、トキソプラズマに感染するエピソードに心当たりがないかを調査します。
発熱やリンパ節腫脹などの症状が出現した時がなかったかについても尋ねます。
続いて超音波検査を行い、赤ちゃんや胎盤に異常がないかを検査。異常が認められた場合は、高次医療施設に紹介します。
妊娠中の初感染が疑われる場合は、スピラマイシンを速やかに投与し、胎児感染を予防することが求められます。スピラマイシンは分娩まで投与を継続します。
羊水検査を行い胎児感染が確認された場合は、ピリメタミンとスルファジアジンの投与が勧められます。
最後に1つだけお伝えしておきたいことがあります。
1年以内の初感染が強く疑われる症例であっても、赤ちゃんに感染しない場合もあるし、感染しても障害及ぼすのはそのうちの10〜15%です。
さらに、妊娠中の薬剤投与は赤ちゃんの症状の重症化リスクを下げる効果があります。
だから大丈夫とは言いませんが、トキソプラズマ感染症の疑いがあると診断された妊婦さんは、妊娠期間中、多くの不安と戦う可能性が高いです。
ただ、必要以上に心配しすぎないで欲しいのです。
病院で適切に管理し、しっかり治療をしましょう。そして、不安があったらいつでも吐き出し、家族や医療スタッフと共有してもらいたいなと思います。
今日はトキソプラズマ感染症について解説しました。
その他の母子感染症についても、今後順次まとめていければと考えていますので、楽しみにしていて下さい。
最後に、少しでも多くの方にこのブログをご覧いただけるよう、応援クリックよろしくお願いします!
こんにちは、ゆきです。産婦人科医として働いています。