今日はいつもとちょっと趣向を変え、手術の術式についてです。
前回、良性の卵巣嚢胞についての記事を書いたので、それに関連させて「卵巣嚢胞摘出術」と「付属器摘出術」についてまとめていきます。
いざ手術が選択肢に挙がってきた際、よく分からないが故に不安を抱く人が多いことと思います。この記事で少しでもイメージを持ってもらえたら嬉しいです。
尚、手術については症例や施設によって様々な考え方があり、柔軟性も高いものなので、1つの参考程度にみてもらえますようお願い致します。
目次
1. 腹腔鏡か開腹か
良性の卵巣腫瘍の場合、多くは腹腔鏡で手術が可能。
「巨大卵巣腫瘍」あるいは「少しでも悪性の可能性がある」場合は開腹手術を選択。
良性が疑われる卵巣嚢胞の場合、ほとんどは腹腔鏡での手術が可能です。
腹腔鏡手術とは、お臍と下腹部に小さい穴を3〜4ヶ所開け、カメラで見ながら細長い鉗子を用いて行う手術のことです。
開腹手術と比較して傷が小さく済むため、術後の疼痛が少なく、入院期間も短く、患者さんの負担が少ない手術と考えられています。
しかし、お腹の中全体を見渡せない状況では、安全な手術が行えません。そのため、巨大な卵巣嚢胞などの場合は開腹手術を行うことがあります。
また、手術中に腫瘍が破れて内容物が腹腔内に漏れてしまうリスクは、腹腔鏡手術の方が開腹手術よりも少し高くなります。
したがって、悪性腫瘍の可能性が少しでもある症例に対しては、開腹手術を選択することが多いです。
2. 嚢胞だけを取るか、卵管・卵巣も取るか
卵巣嚢胞摘出術:挙児希望がある人の第1選択
メリット:健常卵巣が残せる
デメリット:再発リスクがある
付属器摘出術:将来の挙児希望がない人の第1選択
メリット:術中破綻リスクが少ない、再発リスクが少ない、悪性腫瘍発生のリスク減
デメリット:両側摘出すると閉経する
卵巣嚢胞の手術として、今回は下記の2つを挙げて説明します。
- 卵巣嚢胞摘出術:卵巣嚢胞だけを取る
- 付属器摘出術:卵巣・卵管もあわせて取る
実際の臨床現場では、これに加えて子宮を取るか否かなども考えたりしますが、それは今度にまわしましょう。
卵巣嚢胞摘出術のメリットは、健常な卵巣実質を残すことができるという点です。卵巣機能の温存という観点で言えば、こちらに軍配が上がります。したがって若年の患者さんの手術では、できる限り卵巣嚢胞だけを摘出する手術を選択しています。
付属器摘出術のメリットの1つは、再発リスクが少ないということです。対側の卵巣に新しく発生してしまう可能性はありますが、卵巣・卵管を摘出してしまえば、手術でとったところに新しく腫瘍が出来るということは理論上ありません。(高度の癒着などがあって腫瘍を取り残してしまうと話は変わってきます。)
もう1つは、将来の悪性腫瘍(卵巣癌・卵管癌など)の発生リスクが下がり得るということです。残された卵巣・卵管から癌が出来てしまうことも稀ではないため、不要なら摘出するという選択をとるのです。
一方で、卵巣を摘出するとそこから放出されている女性ホルモンの分泌が減少します。片側だけ摘出する場合は、残った方が倍頑張ってくれるため特に問題にならないのですが、両側摘出すると手術によって閉経状態になり、それに伴う骨粗鬆症リスクの上昇などが問題になってきます。
私の勤めている病院では、60歳未満の人であれば、出来る限り片側だけの摘出にとどめるようにしています。
逆に65歳以上の人であれば、卵巣癌のことなどを考慮して両側摘出を推奨しています。
3. 卵巣嚢胞摘出術とは
卵巣嚢胞だけを摘出する手術です。次のような手順で行います。
- 卵巣嚢胞に浅く長く小切開をいれる
- 健常卵巣と卵巣嚢胞の境目がどこかを視認
- 鉗子を用いて牽引しながら、卵巣嚢胞を卵巣実質から愛護的に剥離する
- 卵巣嚢胞を腹腔外に摘出する
- 出血部位を止血(+縫合)し、癒着防止剤を貼付
ポイントは、健常卵巣と卵巣嚢胞の境目を間違わないこと。そして、健常卵巣を出来る限り傷つけないようにすることです。
適した層に入っていけば、ピリピリと気持ちよく剥がれます。
卵巣嚢胞の周りに癒着がある場合は、まず癒着を剥離して手術の場を整えてから行います。
出来る限り腫瘍内容が漏れないように手技を進めていきますが、術中に破綻することも珍しくありません。その場合は速やかに吸引・洗浄して対応します。
4. 付属器摘出術とは
卵巣・卵管を一塊にして摘出する付属器摘出術。
将来にわたる挙児希望がない症例や、境界悪性腫瘍が疑われる症例に対しては、こちらの術式が望ましいと考えられています。
当院で行っている手順は次の通りです。
- 子宮を覆う広間膜(後葉)に切開を入れる
- 後腹膜腔を展開し、卵巣動静脈を分離する
- 骨盤漏斗靭帯を結紮・切断
- 卵巣周囲の組織をシーリングデバイスで切断
- 卵管・卵巣固有靭帯をシーリングデバイスで切断
- 検体を腹腔外に摘出
- 出血部位を止血し、癒着防止剤を貼付
卵巣嚢胞そのものは触らないので、術中破綻のリスクは少ないですが、嚢胞だけをとる手術と比較して、血管や尿管の走行にしっかりと意識を向ける必要があります。
5. 卵巣の手術と妊孕性
卵巣嚢胞摘出術では、正常卵巣を出来るだけ残すことが卵巣機能に影響します。特に若年や不妊治療中の患者さんにとっては、妊孕性温存というのは非常に重要なポイントです。
だからこそ、正常な卵巣だけをいかに綺麗に残すか、ということを注意する必要があるのです。
「本邦における子宮内膜症治療が卵巣予備能に与える影響に関する検討小委員会」では、子宮内膜症性卵巣嚢胞の大きさと手術の有無で、採卵数に次のような変化があったと報告しています。
小さな子宮内膜症性卵巣嚢胞では、手術による機能低下の側面が大きく、大きな子宮内膜症性卵巣嚢胞では、手術によって腫瘍を摘出することによるメリットの方が大きいことがわかりますね。
手術のメリット・デメリットを理解した上での治療選択が求められます。
良性の卵巣腫瘍の手術について簡単にまとめてみました。
いかがだったでしょうか。今まで馴染みがなかった人にも、少しでも卵巣の手術の奥深さが伝わったら嬉しい限りです。
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こんにちは、ゆきです。産婦人科医として働いています。