甲状腺関連の病気は若い女性が発症することが多く、不妊症や妊娠を契機に見つかることもあります。妊娠初期の検査で、甲状腺関連の項目を調べている病院も多いのではないでしょうか。
甲状腺の異常は不妊や流産・早産、胎児異常などの原因になり得るため、適切な妊娠管理が重要です。
今日は妊娠と甲状腺疾患をテーマに記事をまとめていきます。
目次
1. 機能亢進?機能低下?
甲状腺疾患には、大きく2つの区分があります。
それは甲状腺の機能が亢進しているか、低下しているのかということ。
・甲状腺が腫れる、眼球突出
・動悸、息切れ、手指振戦、頻脈
・汗をかく、暑がり
・体重減少、食欲亢進
・イライラ、情緒不安定
⇅
・むくみ、便秘、声がかれる、難聴
・汗が減る、寒がり
・体重増加
・うつ状態、記憶力・認知力低下、易疲労
上に示す通り、甲状腺機能亢進症と低下症では、正反対の症状を呈します。
一方で妊娠に関わることとしては、
- 流産・早産、死産
- 胎児発育不全
- 妊娠高血圧症候群
- 常位胎盤早期剥離
などのリスクを、どちらの場合であっても上昇させることが分かっています。
2. 検査項目と診断
妊娠初期のスクリーニング検査で測定する項目は、
- FT4:甲状腺から分泌されるホルモン
- TSH:甲状腺を刺激するホルモン
です。
TSHは甲状腺を刺激するホルモンなので、甲状腺ホルモンの分泌が少ないと高くなり、分泌が多いと低くなります。
したがって、
- FT4↑かつTSH↓=甲状腺機能”亢進”症
- FT4↓かつTSH↑=甲状腺機能”低下”症
となるわけです。
1. Basedow病
FT4高値かつTSH低値で甲状腺機能亢進症が疑われた場合は、抗甲状腺刺激ホルモン受容体抗体(TRAb)を同定します。
そしてTRAbが陽性であった場合は、Basedow病(バセドー病)と診断します。
Basedow病は甲状腺機能亢進症の中でも最も頻度が高い疾患です。
2. 妊娠性一過性甲状腺中毒症
妊娠初期にはhCGというホルモンが分泌されますが、このホルモンには甲状腺を刺激する作用があります。
したがって、妊娠初期に一過性に甲状腺機能亢進症が起きることがあるのですが、これはBasedow病と区別して対応する必要があります。
だからこそ、TRAbなどの抗体を調べたり、時期をおいて甲状腺の採血を再評価することが大切なんですね。
3. 甲状腺機能低下症
FT4低値かつTSH高値であれば、甲状腺機能低下症の診断になります。
妊娠初期は、赤ちゃんには甲状腺ホルモンを自力で作る機能は備わっておらず、お母さんからのホルモンを利用しているので、積極的な甲状腺ホルモン補充療法が必要になります。
また、甲状腺自己抗体として、抗Tg抗体や抗TPO抗体の陽性の有無を評価することが重要です。
4. 潜在性甲状腺機能低下症
TSHが高値なのにも関わらず、FT4は正常範囲であるという場合があります。甲状腺ホルモンを正常範囲内に保つために、より多くの刺激が必要な状態にあるということですね。
これを潜在性甲状腺機能低下症と言います。
潜在性甲状腺機能低下症の場合であっても、積極的に甲状腺ホルモンを補充しておいた方が妊娠予後は良いとされています。
3. 甲状腺機能亢進症:妊娠中の管理は?
1. 妊娠前から診断されている場合
前述の通り、妊娠初期にはhCGが甲状腺を刺激して甲状腺機能亢進症が増悪してしまうため、甲状腺コントロール不良症例では妊娠を許可できません。
あらかじめ治療によってコントロールを良好にし、計画的な妊娠を勧めます。
2. 妊娠初期の治療
いざ妊娠した場合でも、妊娠初期には2週間に1回の甲状腺機能検査を行う必要があります。
産婦人科医だけではなく、甲状腺疾患に豊富な知識や経験を持つ医師と連携して治療することも推奨されています。
甲状腺機能亢進症の治療薬による「催奇形性」のことも考え、下記のように対応します。
チアマゾール(MMI)
MMI:メルカゾール®︎には薬剤催奇形性があるため、妊娠5〜9週(または15週)までは他の薬剤への変更が必要です。
MMI奇形症候群の頻度は1/1,000人以上と報告されています。
プロピルチオウラシル(PTU)
MMIの切り替えとして、PTU:プロパジール®︎・チウラジール®︎が用いられることがあります。投与量はMMI×1.5倍量です。
ただPTUであっても、MMIよりは可能性としては低いものの催奇形性の可能性の報告が認められています。
したがって、低用量の抗甲状腺薬で甲状腺機能が正常化しているような患者さんの場合は、妊娠成立が分かったら早期に投与中止を推奨するガイドラインもあります。
ヨウ化カリウム
MMIの切り替えとして、ヨウ化カリウム10〜50mg/dayに変更することもあります。
3. 妊娠中後期〜産後の治療
妊娠中期以降は、hCGの刺激が無くなる分、Basedow病は改善していくことが多く、薬剤の中止・減量がありえます。
この調整も甲状腺の専門医と相談しながら行っていきます。
TRAb陽性の妊婦さんの場合は、その抗体が胎盤を通過して赤ちゃんに移行し、胎児・新生児甲状腺機能亢進症を起こしうるため、入念なエコーを行う他、出産後に赤ちゃんの甲状腺項目の採血を確認したり、臨床症状の出現を注意してみていきます。
MMI(20mg/day以下)やPTU(450mg/day以下)服用中の授乳は、特に問題ありません。
4. 甲状腺クリーゼ
Basedow病のお話しをするにあたって、触れておかなければならない疾患でしょう。
甲状腺クリーゼ(thyrotoxic storm or crisis)とは、
「甲状腺中毒症の原因となる未治療ないしコントロール不良の甲状腺基礎疾患が存在し、これに何らかの強いストレスが加わった時に、甲状腺ホルモン作用過剰に対する生体の代償機構の破綻により複数臓器が機能不全に陥った結果、生命の危機に直面した緊急治療を要する病態をいう」
と定義されています。
この定義に示されている”何らかの強いストレス”の1つに、「妊娠・出産」があるというわけです。
甲状腺クリーゼに至ると、高熱・循環不全・ショック・意識障害などをきたし、多臓器不全から生命の危険を伴います。
致死率は10%以上。非常に重篤な疾患のため、全身管理が必要です。
4. 甲状腺機能低下症:妊娠中の管理は?
甲状腺機能低下症の原因は、自己免疫疾患である橋本病の割合が多いです。
流産や妊娠高血圧症候群、胎児発育不全などの予防も踏まえ、甲状腺ホルモンを補充する治療が行われます。
具体的には、レボチロキシン(LT4, チラーヂン®︎)の内服で、定期的にTSHの値を測定しながら内服量を増減していきます。
甲状腺ホルモン薬による催奇形性の報告はないため、安心して内服が可能です。授乳も問題ありません。
いかがだったでしょうか。妊娠と甲状腺疾患についてまとめてみました。
少し複雑で分かりにくい分野ですが、甲状腺ホルモンを適切にコントロールすることが、安心・安全な妊娠・分娩管理にとても重要であると分かっていただけたら幸いです。
妊娠初期で採血されていることも多いかもしれません。
自分はどうなんだろう?とチェックする際に、少しでも周辺知識が入っているとイメージが湧きやすいかもしれないですね。
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こんにちは、ゆきです。産婦人科医として働いています。