Twitterやブログを見ていると、ふと悲しいニュースが飛び込んでくることがあります。その中の1つが子宮内胎児死亡です。
実は私も年末、正期産の子宮内胎児死亡例に当たりました。
突然、悲しみの淵に立たされてしまうご家族のことを思うと、胸が締め付けられ、自分の頭も真っ白になります。
妊婦さんの中には、”何が悪かったんだろう。私がもっと注意していれば。もっと早く病院に行っていれば…。”と、後悔の波に押し潰されてしまう人も少なくありません。
今回は子宮内胎児死亡についてまとめると共に、こういった悲しい経験をされた方々に少しでも何かを届けることができれば、という思いで筆をとります。良ければ、 6. いち産婦人科医からのメッセージ だけでも読んでもらえると幸いです。
目次
1. 子宮内胎児死亡(IUFD)とは
子宮内胎児死亡(intrauterine fetal death:IUFD)とは、妊娠持続期間を問わず、子宮内で胎児の生存が確認された後、何らかの原因で胎児発育が停止し、胎児の心拍動・運動などの生命現象が全く消失し死亡したものを言います。
国際比較のために、WHOでは妊娠28週以降を死産(stillbirth)と定義しています。妊娠28週以降の子宮内胎児死亡の頻度は、日本は先進国の中でもかなり低く、1000出生あたり1.7です。また、年々減少傾向にあります。
週数別死産数に注目してみると、生児を得られる可能性がある妊娠22週以降でみれば、妊娠36〜39週(10ヶ月)での発症が最も多く、続いて妊娠24〜27週(5〜6ヶ月)が多いということが分かります。
このグラフを見て、皆さんどのように感じるでしょうか。想像より多いと思うのではないでしょうか。
実際、年間1000件程度の分娩を扱う病院で働いている私でも、正期産の死産は毎年1例程度当たっています。早産期も合わせると3〜5例/年程度ある印象です。
妊娠中は本当にいつ何が起こるか分からないのです。
2. 子宮内胎児死亡の原因は?
子宮内胎児死亡に至るまでの原因は様々あります。
例えば次のようなものです。
- 母体合併症(糖尿病・外傷・敗血症・血栓症など)
- 臍帯脱出・過捻転などの臍帯因子
- 前置胎盤や前置血管による胎児失血
- 染色体異常を含む先天的な異常
- 双子(MD双胎)の場合→双胎間輸血症候群
- 血液型不適合がある場合→母児間輸血症候群
- 分娩時の低酸素血症
- 常位胎盤早期剥離
- 胎盤機能不全
- 子宮破裂
- 難産
- 感染症
- 原因不明 など
色々と原因を並べましたが、最も多いのは原因不明(25〜60%)。
特に妊娠35週以降の胎児死亡の2/3は原因不明とされています。
3. 診断方法は?予防は?
1. 診断の基本は超音波検査
基本的にはエコーで胎児の心拍停止や呼吸運動の消失を確認して診断します。1人ではなく、必ず複数の医療スタッフで確かめます。
産婦人科医にとっても晴天の霹靂であることが多いのですが、何より妊婦さん本人・ご家族にとっては訳もわからず地獄の宣告をされるわけで、ある程度の時間確保も重要です。
そのため、診察した後に少し時間を空けてもう1度診察するということが多いかと思います。
2. 予防方法はあるか
子宮内胎児死亡は、ある程度予測ができた場合(胎児の異常があらかじめ分かっている場合)と、全く予測出来ていなかった場合があります。
残念ながら、後者の場合は予防は不可能です。
しかし前者の場合は、少しでも異常を早く探知するために管理入院とすることがあります。頻回に胎児心拍数陣痛図(モニター)や超音波を行うことで異常をすぐに察知し、最悪の状況に至る前に早期介入を行うためです。
例えば赤ちゃんの推定体重が小さい胎児発育不全(fetal growth restriction:FGR)では、正常発育と比較して死亡率は3〜7倍に上昇する1)と考えられています。
また、以前子宮内胎児死亡を経験したことがある人も繰り返すリスクがあります。
これらの場合は、あらかじめ管理入院として、計画分娩を検討することがあります。
胎児発育不全(FGR)はエコーでの推定体重が-1.5SD未満の場合に診断されます。胎児計測については下記の記事も参考にしてみてください。
子宮内胎児死亡のリスク要素を列挙すると下記のようになります2)が、ご覧の通り本当に多岐に渡っています。
- 初産
- 高血圧
- 糖尿病
- 全身性エリテマトーデス(SLE)
- 腎疾患
- 甲状腺疾患
- 血栓症
- 喫煙
- 肥満
- 子宮内発育不全
- 子宮内胎児死亡(IUFD)の既往
したがって、どんな人にも起き得ると考えていた方が良いです。妊婦健診で全く異常なく経過している人であっても、子宮内胎児死亡の可能性はあるのです。
4. 子宮内胎児死亡と診断されたら
子宮内胎児死亡を確認した場合、さらに辛いのが産声の聞けない分娩をしなければならないということです。
赤ちゃんが亡くなってしまった場合、悲しいことにそれはお母さんの身体にとって「異物」とみなされてしまいます。そのため、長期間放置してしまうとお母さんの身体に悪影響を及ぼしてしまうのです。
これを死胎児症候群と言います。
一般に胎児死亡時期から5週間以上経過すると、血液凝固異常が発症するとされていますが、赤ちゃんが亡くなった原因が常位胎盤早期剥離などであれば、既に重篤なDICに至っていることもあるため、血液検査の結果をみながら慎重に分娩時期を見定めます。
基本的には早めにお腹の中から赤ちゃんを出してあげなければなりません。
診断から分娩まで、与えられる猶予は1日〜1週間程度であることが多いです。
分娩方法は、経腟分娩が多いですが、場合によっては帝王切開での分娩になることもあります。
子宮口が開いていなければラミナリアなどによる頚管拡張から行います。
患者さんの希望に応じて無痛分娩を選択することもあります。
子宮内胎児死亡の場合は赤ちゃんへのリスクは考慮しなくて良いので、普段よりも積極的に無痛分娩を推奨する産婦人科医も多いのではないかと思います。
5. 分娩後の検査
赤ちゃんが亡くなってしまった原因を調べるため、胎盤は病理検査に提出します。常位胎盤早期剥離を疑う所見や感染徴候がなかったかを確かめるためです。肉眼的な異常がないかも調べます。
患者さんの希望に応じて、染色体検査や病理解剖を行うこともあります。
あとは血液検査です。どこまで調べるかは妊婦さんの意思にもよりますが、例えば
- 不規則抗体スクリーニング検査
- 抗リン脂質抗体症候群に関する抗体検査
- 母子感染症(TORCH症候群)などに関する検査
- 血液凝固系検査
- 糖尿病や甲状腺疾患の検査
- 母児間輸血に関する検査
などは対象になります。
次にも影響するものなのか、今回だけのものなのかを区分することができれば、次回の妊娠分娩管理に活かすことができます。
6. いち産婦人科医からのメッセージ
最後に、子宮内胎児死亡を数例経験してきた身として、伝えたいことを残しておきます。
辛い時は読まなくても大丈夫。もしいつか振り返る余裕ができたら、何か言っている人がいたな、なんて思い出してもらえると良いなと思います。
1. 子宮内胎児死亡の経験がある方へ
子宮内胎児死亡は、妊婦さんにとって地獄以外の何ものでもないと思います。1人の産婦人科医が何を言っても、なかなか言葉は届かないでしょう。
私自身、実際に患者として経験したわけではないですし、経験された方の気持ちを全て理解できているとも思っていません。
ただ1つだけ伝えられるならば、どうか自分を責めないで欲しいと言いたい。”自分がもっと早く気づいてあげていれば”という後悔に苛まされている人が多いですが、あなたの責任ではありません。
全く無症状のこともあります。胎動減少があったとしても、今日は動きが悪い日なのかなと、そう感じてしまうことがあるのも理解できます。いつもは受診しても大丈夫だったのに。そう思う人もいるでしょう。
妊婦さんとして今まで2つの命を支えてずっと頑張ってきて、それなのにこんな結果になってしまうなんて、本当に残酷ですよね。待望の赤ちゃんを失ってしまう人に限って、温かい方が多い印象です。なんでこんな素敵な家庭に、と神様の非情さに絶望することもあります。
赤ちゃんを第1に過ごしてきた日々はもう戻ってこない。家に帰れば赤ちゃんのために用意したグッズがある。想像するだけで胸が苦しくなります。
産婦人科医としても子宮内胎児死亡を宣告する時は、非常に辛く、1症例ごとに心に刻まれます。何か出来ることがなかったか、無力感に押し潰されます。
まずは無理しないで下さい。感情を抱え込まないで下さい。良ければ産婦人科医でも助産師にでも、思っている感情をぶつけて下さい。
そして旦那さんをはじめとして、御家族を思う存分頼って下さい。周りには支えてくれる人が沢山います。一緒に乗り越えていける人がいます。
必ず時間が癒してくれます。いつか、少しでも感情が和らぐ日が来るまで。
必要な時は、いつでも産婦人科医を頼って下さい。出産が終わった後でも必ず力になります。
2. 妊娠中の方へ
不安を煽るようなことはしたくないですが、子宮内胎児死亡はいつ誰が起きてもおかしくない疾患です。
妊婦さんにお願いしたいことはただ1つ。胎動減少や性器出血など、いつもと違うことがあったらすぐに病院に相談して欲しいということです。
夜間でも早朝でも大丈夫。だからこそ産婦人科医が当直しています。
かかりつけ医が24時間対応していなくても、24時間やっている近隣の総合病院に相談してもらって良いのです。
先ほども書いたように、「性器出血」「胎動減少」は胎児機能不全を予知するかなり重要なポイントになります。あれ?と思ったら、まずは電話で相談して受診の必要性を当直医に確かめてもらいましょう(基本的には受診するよう言われると思います)。
受診した時に何もなくても、それで良いと思います。後ろめたく思う必要は全くありません。赤ちゃんが無事かを確かめることが出来るだけでも、受診の意味があります。
いかがだったでしょうか。
いつか必要としている誰かに、届くと良いなと思っています。
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こんにちは、ゆきです。産婦人科医として働いています。