以前、胎児計測についての記事を書きました。
今回は、妊婦健診時に赤ちゃんの推定体重と合わせて頻回に確認する、「羊水」と「血流」についてのお話です。
目次
1. 羊水について詳しく!
妊婦健診のエコーで赤ちゃんをみている時、その周りに真っ黒な領域があるのがわかると思います。これが羊水です。
羊水の役割は様々ですが、例えば次のようなものがあります。
- 赤ちゃんが手足を曲げ伸ばしできるだけの運動スペースを確保
- 赤ちゃんを外からの刺激から守るクッションの役割
- 赤ちゃんの体温を保つ
- 陣痛圧を平均化する
そのため、羊水が多すぎるあるいは少なすぎる時には、様々な問題が生じてくるのです。
そもそも羊水はどうやって産生されるのでしょうか?
妊娠初期は卵膜・子宮壁を介するお母さんの血液と水分の移動によって産生されたり、赤ちゃんの皮膚からの染み出しがメインです。
一方、妊娠中期以降になると大半は赤ちゃんの尿からの産生によるものになります。
赤ちゃんは子宮の中で羊水を飲み込み、尿として排出しているんですね。
「え?尿を飲んで大丈夫なの?」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、老廃物はお母さん側にへその緒を通して送られているので、尿と言っても綺麗なんです。
そのため、尿が少なくなったら羊水の量は減りますし、飲み込むのが上手くいかない嚥下障害などがあれば羊水の量は過剰になっていきます。
また羊水量は通常、妊娠初期〜妊娠32週頃までは増加、妊娠32〜39週頃は横ばい、妊娠39週以降になってくると次第に減少という経過をとります。
それらを考慮して、我々産婦人科医は羊水の多い少ないを判断しているのです。
2. 羊水量の測定法
羊水量の測定にはいくつか方法があります。
1. AFI;amniotic fluid index
妊婦さんのお腹を4分割して、4箇所それぞれにエコーを当てます。
各分画ごとに羊水が最も多く測定できる部位を探して深度を測り、4箇所全てを合計したものがAFIです。
AFIが5〜24cmの間であれば正常範囲、それより少なければ羊水過少、それより多ければ羊水過多を疑います。
AFIは、羊水量の測定法として最も正確性・再現性が高い方法です。
羊水はその時の値だけでなく、それが「いつ」「どの程度」多く(あるいは少なく)なるのかも重要になります。AFIは、その”羊水量の変化過程”を捉えることが出来る指標としてよく使用されています。
2. 羊水ポケット(AP)
羊水が最も多くとれる断面で、何cmの円が描けるかを測定したものが羊水ポケットです。AFIと異なり1箇所の測定で良いので、測定にかかる時間は短くなります。
羊水ポケットが2〜8cmの間であれば正常です。
赤ちゃんの位置や胎位によっても結構ズレてくるので、再現性はAFIに劣ります。
3. 羊水最大深度(MVP)
こちらも羊水ポケットと同様、1箇所の測定で良いため簡便です。
羊水ポケットが「何cmの円を描けるか」だったのに対し、こちらは「最大直線距離」を測定しています。
双子や三つ子などの多胎の時はこちらを使用します。それぞれの赤ちゃん毎にお部屋を持っている場合、AFI法では評価できません。
特に一絨毛膜二羊膜双胎(MD双胎)の場合は、双胎間輸血症候群(TTTS)という疾患の評価を行う上でMVPの測定が重要になってきます。
あくまでも個人的な意見ですが、私は次のように使い分けています。
- 特に問題なさそう→羊水ポケット(AP)
- 羊水過多or羊水過少が疑われる→AFI
- 羊水の増加or減少傾向が疑われる→AFI
- 双子や三つ子などの多胎→MVP
3. 羊水量に異常が出る原因は?
1. 羊水過多
羊水過多とは、AFIが24以上、あるいはAP/MVPが8以上のことでした。
羊水が多くなる原因にはどのようなものがあるでしょうか。
- 原因不明(約60%)
- 妊娠糖尿病、糖尿病合併妊娠
- 赤ちゃんが羊水を飲み込めない(嚥下障害)
=食道や十二指腸の狭窄・閉鎖、口唇口蓋裂など - 赤ちゃんに奇形がある
- 赤ちゃんに腫瘍がある
- 赤ちゃんに浮腫がある
- 双胎・品胎などの多胎 など
母体因子として最も多いのが妊娠糖尿病などの高血糖です。そのため、羊水過多が疑われる場合は血糖の精密検査なども考慮されます。
一方、赤ちゃんが羊水を飲み込めなかったり、羊水の産生が多くなるような原因があったり(奇形や腫瘍など)すると羊水量は増えます。出生直後に手術が必要な疾患も隠れていたりするので、ここの調査は必須です。
しかし、原因不明なことも多いのが羊水過多。AFIを用いて経時的な推移を確認しながらの慎重な管理が求められます。
2. 羊水過少
羊水過少は、AFIが5未満、あるいはAP/MVPが2未満のことです。
羊水過少の原因も様々あります。
- 破水した
- 予定日を過ぎている
- 胎盤の具合が悪い
- 赤ちゃんが小さい
- 赤ちゃんの腎臓や膀胱などの尿路系に異常がある
まずは前期破水です。本人が気付いていない破水もあるので、羊水が少ないと感じた時には破水の有無をしっかりと評価する必要があります。
また、赤ちゃんの腎尿路系の形成が大丈夫かも確認します。腎臓や膀胱に異常があると、羊水を作ることができなくなるために羊水量が減るわけです。
更に赤ちゃんや胎盤の具合が悪い状況でも、赤ちゃんの腎臓にいく血流が減り、羊水量が減少します。羊水過少は赤ちゃんからのSOSの可能性もあるので、週数によっては入院管理及び分娩誘発などを行います。
羊水量は1番多い時期で約800mLです。妊娠40週頃には500mL近くまで減少します。
ちなみに羊水過少は羊水量が100mL未満のことを言っています。
4. 臍帯動脈血流(UmA)
妊婦健診中に、産婦人科医が血流を測定する場面があると思います。
通常の妊婦健診で測っているのは大きく3種類。特に赤ちゃんが小さめ(胎児発育不全)の場合は、この血流の値を注意深く観察し、分娩のタイミングをはかります。「胎児の元気さ」を調べるための測定なのです。
1. UmA-RI
まず1つ目は臍帯動脈血(Umbilical artery;UmA)。へその緒の血流です。
へその緒の血流解析で最も使われているのがRI(resistance index)で、簡単に言えば計測している血管の場所から末梢に向けて「血液が流れていきやすいか」の指標になります。
- RI値が大きい=抵抗が大きい=血液が流れていきにくい
- RI値が小さい=抵抗が小さい=血液が流れていきやすい
RI値は週数毎にどんどん基準値が変化しています。そのため、絶対的な基準値というものはなく、週数に応じた基準値と比較しての判断が求められます。
UmA-RI値が基準値よりも「高い」場合、赤ちゃんが苦しい状態にある可能性があります。
単にRIが高くなるだけでなく、臍帯動脈血が途絶したり逆流したりするような場合は、赤ちゃんの予後は非常に悪くなり、周産期死亡率も高率になります。
5. 中大脳動脈血流(MCA)
1. MCA-RI
2つ目の中大脳動脈(middle cerebral artery;MCA)は、脳の血管の1つです。
こちらもRI値を用いて評価していきますが、この脳の血管については、へその緒の血管と少し考え方が変わります。
赤ちゃんが低酸素状態になると、人体はそれに反応して脳の血管を早くから拡張させます。脳はすごく大切な臓器なので、他の臓器よりも優先して血流を送らないといけないからです。脳に血流を送るために、血管が広がり、抵抗が下がるのです。
すなわち、赤ちゃんの具合が悪い時、MCA-RIは”低下”します。
MCA-RI値が基準値よりも「低い」場合、胎児機能不全の可能性があるのです。
また、赤ちゃんが更に具合悪い状態になると、代償機構も破綻し、脳にさえ血流を送ることができなくなります。そう言った場合は中大脳動脈の逆流・途絶を認めますが、この児の予後が悪いのは想像の通りです。
2. 血流再分配(brain sparing effect)
UmA(臍帯動脈血)-RIは高いと危険、MCA(中大脳動脈血)-RIは低いと危険。
そのため、UmA-RIとMCA-RIの値を比べると、UmA-RIの方が低いのが普通です。
これが逆転しUmA-RI>MCA-RIの関係になることを血流再分配(brain sparing effect)と言います。
この所見は赤ちゃんの循環動態のバランスが崩れてきていることを示唆し、非常に慎重な管理が求められます。妊娠週数さえ許せば、すぐに分娩にしなければなりません。
3. MCA-PSV
蛇足になるかもしれませんが、中大脳動脈は、赤ちゃんの貧血の有無を調べる指標にもなります。
その時に見ているのが中大脳動脈収縮期最高血流速度(MCA-PSV)です。
例えば血液型不適合妊娠、不規則抗体陽性、パルボウイルス感染妊婦などでは、頻回にこのMCA-PSV値を測定しています。
6. 子宮動脈血流(UA)
1. UA-RI
最後に子宮動脈血流(uterine artery;UA)についてです。
これを測定するのはズバリ、「妊娠高血圧症候群(HDP)が疑われる人」です。
臍帯動脈や中大脳動脈は赤ちゃんの血流でしたが、この子宮動脈についてはお母さんの血流を測定することになります。
お母さんの足の付け根のところにエコーを押し当てて測定します。
お母さんの血液が赤ちゃんに流れやすくなるよう、妊娠が進行するに伴って子宮動脈の血管抵抗も下がるのが普通です。
しかし妊娠高血圧症候群(あるいは予備軍)の場合は、血管抵抗が上がり、子宮動脈の抵抗(UA-RI)が上昇します。
また、拡張早期切痕(notch)という、血流波形に切れ込みのようなものが見られるのも特徴的です。
UA-RIの上昇は、妊娠高血圧症候群が発症する前から認められると報告されています。そのため発症の予知因子としても注目されているんです。
妊娠高血圧症候群の詳細については、下記の記事を参考にしてみてくださいね。
色々と細かく書きましたが、まとめると次の通りです。
これを知っておくと血流を測定している意味や、結果の解釈について理解し易いのではないでしょうか。
- UmA-RIが基準値より高いと赤ちゃんが具合悪い
- MCA-RIが基準値より低いと赤ちゃんが具合悪い
- 血流再分配は更に危険なサイン
- MCA-PSVが高いと赤ちゃんの貧血が疑われる
- UA-RI高値やnotchは妊娠高血圧症候群発症の可能性あり
羊水・血流を見て、産婦人科医がどのようなことを考えているのか、ご理解いただけましたか?説明すると長くなるところなので、妊婦健診で詳しく説明する産婦人科医は少ないのではないでしょうか。
私も「羊水みますね」「血流測りますね」からの「赤ちゃん元気そうです」「赤ちゃん具合悪そうです」で終わりになってしまっています。
ちょっとマニアックだったかもしれませんが、赤ちゃんが元気かを調べるためには必ず測定する部位です。この機にちょっとでも知ってもらえたら、皆さんも更に理解がしやすくなると思います。
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こんにちは、ゆきです。産婦人科医として働いています。