前回の記事では、帝王切開についてお話ししました。
その際、赤ちゃんやお母さんがピンチに陥った時に、緊急帝王切開術を行うことがあると説明しました。但し、「子宮の出口が完全に開いていて、赤ちゃんも下に降りてきていて、もう少しで分娩にできるのに…」という場合は、器械分娩で分娩とすることがあります。今回はそんな器械分娩のお話です。
目次
1. 器械分娩って何?
急速遂娩とは、できる限り早く赤ちゃんを出産させたい時に行う分娩方法で、器械分娩と緊急帝王切開術に分けられます。
簡単に言えば、そういった緊急事態が起きた時に
- 下からお産に出来そう→器械分娩
- 下からのお産は時間がかかって厳しそう→緊急帝王切開術
です。器械分娩は、さらに吸引分娩と鉗子分娩に分けられ、産婦人科医の判断で使い分けられます。
また、適応も厳しく決まっています。
- 胎児機能不全:赤ちゃんが具合悪い
- 分娩第2期遷延または停止:子宮口が全部開いているのに分娩にならない
- 母体適応:母体合併症を考慮して怒責を回避したい
最近、妊婦の年齢が上昇していたり、無痛分娩が増えてきたりと、分娩停止の適応での器械分娩が増えている現状があります。
そして器械分娩をする時というのは、突然訪れます。この記事で器械分娩について少しでも知っていてもらえれば、医療スタッフがバタバタ処置をしている時でも、ある程度の状況把握ができるかもしれません。
2. 吸引分娩について
吸引分娩は、赤ちゃんの頭に陰圧をかけて吸引カップを吸着させ、カップの柄の部分を牽引することにより赤ちゃんを娩出させる方法です。
吸引分娩をするためには、
- 児頭骨盤不均衡がない
- 子宮口が全部開いている
- 破水している
- 児頭が十分に下降している
- 原則妊娠34週以降
の全てを満たしている必要があります。
吸引分娩の場合、術者が最も難渋するのが吸引カップの滑脱です。つまり、カップが外れてしまってうまく引っ張れないということです。
赤ちゃんの産瘤が大きかったり、牽引する際の抵抗が強かったりすると、滑脱したり、上手く牽引できなかったりします。
ガイドラインでは、時間や回数に関するエビデンスはないと断った上で、「牽引は5回まで(滑脱含む)」「牽引を開始してから児の娩出までの時間は20分を限界とする」ことを推奨しています。
牽引回数や時間が増えると、その分赤ちゃんの合併症のリスクが高くなるため、この条件で分娩にできない場合は超緊急帝王切開術に切り替えます。
3. 鉗子分娩について
鉗子分娩とは、鉗子と呼ばれる器械で赤ちゃんの側頭部を両側から挟んで牽引し、娩出させる分娩方法です。吸引分娩と比べて引っ張る力が強く、迅速性が優れているという特徴があります。鉗子分娩にも満たさないといけない条件というものがありますが、ほとんど吸引分娩と同じです。
吸引分娩で記載したものに加え、「赤ちゃんの頭が縦方向であること」の1つが追加されます。
鉗子分娩の場合、吸引カップと比べて牽引力が強いので、基本的に引っ張るのは1回勝負です。1回で分娩に持っていくことができなければ、超緊急帝王切開術が考慮されます。
4. 合併症は?
器械分娩は、普通の分娩と比べて牽引処置が必要になるため、母児ともに合併症のリスクがあります。
適切な手技で行えば、どちらも児損傷の頻度は低いのですが、強いて言えば、吸引分娩の方が赤ちゃんの合併症リスクがやや高く、鉗子分娩はお母さんの合併症リスクが高くなると言われています。
そしてほとんどの場合、両者とも、普通分娩と比較してお母さんの会陰の傷は大きくなります。
- 児:頭の血腫(頭血腫・帽状腱膜下血腫)、頭蓋内出血
- 母:産道裂傷、腟壁血腫
吸引分娩の場合、赤ちゃんの頭に吸引カップを装着するので、吸引に伴う血腫が問題になります。基本的には自然吸収が期待できますが、巨大な帽状腱膜下血腫が形成されてしまうと、出血によるショックに至ることもあります。
- 児:鉗子圧痕、顔面神経麻痺、眼球損傷
- 母:産道裂傷、肛門括約筋断裂、直腸損傷、腟壁血腫
鉗子分娩は、お母さんの産道損傷が高度になりやすい特徴があります。肛門や直腸側にまで裂傷が及ぶ可能性もあるので、そういった可能性にも注意して縫合処置を行っています。
また、鉗子で挟まれていたところに神経や眼球が当たってしまうことによる赤ちゃんの合併症のリスクがあります。
鉗子圧痕や顔面神経麻痺は通常一過性であり、自然に軽快することが多いです。しかし眼球損傷の可能性がある場合は、眼科の先生の診察が必要です。
5. 吸引分娩と鉗子分娩の比較
簡単にまとめます(例外もあります)。
- 牽引力は鉗子分娩>吸引分娩
- お母さんの産道損傷リスクは鉗子分娩>吸引分娩
- 赤ちゃんの損傷リスクは鉗子分娩≦吸引分娩
- 赤ちゃんの頭の向きが横〜斜めなら吸引分娩
- 赤ちゃんの産瘤が大きければ鉗子分娩
ただ、吸引分娩と鉗子分娩との間で、どちらが良いと簡単に優劣をつけることはできません。その場その場の状況にもよりますし、分娩を担当する産婦人科医がどちらに慣れているかといった要素も出てきます。
私たち産婦人科医は、お母さん・赤ちゃんにとって一番良い方法を選択します。基本的にはお任せいただければ幸いです。
器械分娩で私たちがやっているのはあくまでもお産の”お手伝い”です。赤ちゃんに、こっちの方向だよと誘導しているだけです。
分娩には、お母さんのいきむ力だったり、赤ちゃんが出てこようとする力だったりが不可欠です。器械分娩になった時でも、その前までやっていたのと同じように最後の力を振り絞ってみてください。そしたらきっと、かけがえのない時間はすぐそこです。
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こんにちは、ゆきです。産婦人科医として働いています。