私たち医師は定期的に、最新の論文を読んで情報をアップデートしています。研修医はもちろん、医学生であっても、医学論文を検索する機会は必ず訪れることでしょう。
病院によっては、月に1回程度、抄読会での発表の場があります。
準備は大変ですが、
・聞き手:最新のデータや知見を学べる
・話し手:論文検索・要約、プレゼンテーションのトレーニングになる
というように、両者にとってのメリットがたくさんあるのです。
さて前回、子宮頚がんと婦人科検診・HPVワクチンについて、下の記事を書きました。最後に触れた”HPVワクチンに関する最新の論文”を例として取り上げ、医学論文の探し方やまとめ方・抄読会のコツについて簡単にお話ししたいと思います。
論文検索については必要ないやという方は、目次から「3. 本論文で何が分かり、何を伝えたいのか」にスキップしてください。医学的に非常に重要な論文なので目を通してもらえると嬉しいです。
目次
1. 読みたい医学論文を探す
① PubMedで検索
PubMedは世界の主要な医学系の文献を検索することができるデータベースです。
気になる話題についてのキーワードを入力すれば、それにあった論文が容易に検索できます。
2語以上をキーワードとして入れる場合は、検索ボックスのすぐ下にある[Advanced]画面を用いてもOKです。
もちろん他のサイトもありますが、PubMedはアクセスしやすい上に情報量が豊富なのでオススメです。英語の医学論文のほとんどがPubMedに載っています。
② 論文を選ぶ
ただkeywordを入れるだけでは膨大な数の論文がヒットしてしまいます。選びきれないので、次のことを考慮して絞り込みましょう。
・直近3〜5年以内の論文である
・インパクトファクターの高い雑誌に掲載されている
・要約が分かりやすい
・論文のタイトルと結果がマッチしている
・図や表のインパクトが大きい
インパクトファクターとは、簡単に言えばその雑誌の影響力を表します。
「雑誌名+インパクトファクター」で検索すればすぐに調べることができ、その数字が大きいほど影響力が大きいことを示します。
抄読会は論文の選択で8割が決まってしまうと言ってもおかしくはありません。また、分量も多すぎず少なすぎずにして、自分が読みやすい長さにしておきましょう。
2. 医学論文を読んでみよう
① Abstractを読む
2020/10/1付けで出された直近の論文であり、インパクトファクター40程度の超有名誌「The New England Journal of Medicine」から、次の論文を選択しました。
HPV Vaccination and the Risk of Invasive Cervical Cancer
N Engl J Med 2020; 383:1340-1348
(今なら誰でもフリーでアクセス可能です。)
抄読会で使用する論文が決まったら、まずはAbstractから目を通しましょう。ポイントは、「直訳しない」「あまり時間をかけない」「長くなりすぎない」ということです。
今回の論文の場合、例えばこんな感じでどうでしょうか。
●背景:HPVワクチンで子宮頚部異形成が予防できることは知られているが、子宮頚がんそのものを予防できるかについては分かっていない。
●方法:2006〜2017年にかけて、スウェーデンで10〜30歳の女性1,672,983人を対象として追跡調査が行われた。
●結果:
①研究期間中に子宮頚がんと診断された人はワクチン接種群19人 vs 非接種群538人
②ワクチン接種で子宮頚がんの発症率が0.37倍になった
③17歳以前にワクチンを接種していたら0.12倍
④17-30歳で接種していたら0.47倍
●結語:4価HPVワクチンで子宮頚がんのリスクを大幅に減少させることができる。
② 図表を見る
要約でなんとなく概要を掴んだら、私の場合、まず図表を解読しています。
もちろん英語が得意な方はそのまま読んでもらっても大丈夫なのですが、苦手意識がある場合、途中で疲れて止まってしまうことが多いからです。
優れた論文は、AbstractとFigure/Tableで言いたいことがわかると聞いたことがあります。まずは図表を流し見して、どういう結果だったのかを把握しましょう。あまりパッとしない結果だった場合は、この段階で論文を変更するのも手かと思います。
(1) 患者背景
まずは研究の対象者がどのように選別されたかをチェックします。
今回の研究では、2006年1月1日から2017年12月31日までの間に、スウェーデンの10~30歳の女性、計2,220,268人を対象とし、追跡できた人の中で「過去にHPVワクチンを接種したことがある人」「過去に子宮頚がんに罹患したことがある人」を除外してグループ分けしています。
更に、それぞれの群についての追跡時年齢、生まれ年、居住地、教育、世帯収入、母親の出生国、母体の疾患歴を含む特性について患者背景がまとめられているので、把握しておきます(Table1)。
(2) 結果
[各群の人数→ 子宮頚がん発症数(ワクチン非接種群と比較した発症率比)]
①ワクチン非接種群:1,145,112人→538人
②ワクチン接種群:527,881人→19人(0.37倍)
1. 17歳未満の接種:438,939人→2人(0.12倍)
2. 20歳未満の接種:498,524人→12人(0.36倍)
Table2ではHPVワクチンと子宮頚がんについて、ワクチン接種の有無及び接種した年齢別に結果が記載されています。
ワクチン接種によって子宮頚がんのリスクが著明に低下しています。特出すべきは17歳未満の接種者43万人のうち、子宮頚がんに罹患した人はたった2人だったことです。20歳未満の接種の場合は罹患者は12人でした。
最後のFigure2では、HPVワクチン接種状況に応じた子宮頚がんの累積罹患率がグラフ化されています。ワクチン接種によって子宮頚がんの発症数が有意に減っていることが一目瞭然です。
これで図表の確認が終了です。
本文でつらつらと読むよりも、視覚的にデータが得られるので、往々にして理解度が高くなる気がします。
③ 本文を読む
図表の確認が終わったら、やっと本文に取り組みます。ただ、論文の流れはすでに理解できているはずですので、情報を補足するイメージでOKです。分からない単語があっても概要が理解できればいちいち調べる必要はありません。
時間のない場合は、インターネットを使って翻訳するというのも手です。医学論文の場合、Google翻訳では違和感のある日本語になってしまうことも少なくないので、より自然な日本語に訳すことができるDeepLという翻訳サイトを使うのもありかと思います。
本文では特に、「Discussion」の中に記載されている「Limitation」について把握しておきましょう。どんな論文でも限界・制約はあるもので、研究デザインや、統計解析をする上でのバイアスについてなどがまとめられています。
④ 資料を作る
抄読会の資料作成は、FigureやTableを貼り付け、簡単な説明を加えるだけで十分です。上級医は論文の日本語訳が欲しいわけではなく、どういうインパクトのある結果が出たのかに興味があるのです。
資料作成にはあまり時間をかけず、しっかり論文を読み込み、どういう結果でそれが今後どういう風に発展していくのか、それを理解しておくことの方が重要だと思います。
抄読会では上級医から質問を受ける機会も多いと思います。その時に適切な回答を返すことができれば、より良い評価が受けられることでしょう。
3. 本論文で何が分かり、何を伝えたいのか
HPV Vaccination and the Risk of Invasive Cervical Cancer
Jiayao Lei, et al. N Engl J Med 2020; 383:1340-1348
今までHPVワクチンは、子宮頚がんの前病変である子宮頚部異形成を予防することは分かっていたのですが、子宮頚がんについて効果があるかについての論文は出ていませんでした。
というのも、ワクチンをうってから子宮頚がんを発症する年代になるまで10年以上の観察期間が必要だったのと、子宮頚部異形成から子宮頚がんになるまで通常5年〜数十年の年月がかかるので、研究結果が出るまでに時間がかかっていたからです。
ですが今回の論文でついに、4価のHPVワクチン(ガーダシル®︎)をうつことで、子宮頚がんを63%減少させることができたという結果が出ました。
更に、17歳未満で接種すると、なんと88%も減少することがわかりました。17〜30歳で接種する場合は53%の減少であったため、適切な時期でのワクチン接種がいかに重要かがわかると思います。
重要で分かりやすいグラフなので再掲します。オレンジ色がワクチンを接種していない群、青色が17-30歳で接種した群、緑色が17歳未満で接種した群です。ワクチン接種によって、子宮頚がんの累積罹患率が有意に下がることが分かりました。
本論文は、「HPVワクチンで子宮頚がんの発症リスクを大幅に下げることができた」と示す革新的な論文です。しかもこの結果は4価ワクチンでのものなので、最近日本で承認された9価ワクチン(シルガード®︎)では更なる効果が期待できます。
ワクチンの副反応の報道が過剰な時期があったため、HPVワクチンについて抵抗が多い人がいることももちろん知ってはいるのですが、適切な情報を得て、改めて考えてもらいたいと思っています。
今回はどうしても取り上げたかったHPVワクチンと子宮頚がんの論文をもとに、医学論文の探し方・読み方について書いてみました。論文の検索については”そら”の方がよく知っているので、いつかそれも記事にしてもらえたらなと思っています。
誰かの未来ために、少しでも貢献できれば嬉しいです。
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こんにちは、ゆきです。産婦人科医として働いています。