分娩時、赤ちゃんの頭や肩が出てくる過程で会陰部は強く引き伸ばされます。その際に自然と会陰が裂けたり、先に会陰切開をおいて対応したりすることは日常の臨床でよくある光景です。産後は創部痛に苦しんだ方も多かったことでしょう。今回はそんな会陰裂傷・腟壁裂傷についてまとめてみます。
目次
1. 会陰保護
子宮口全開後、赤ちゃんは骨盤の形に沿って体勢をかえながら、徐々に下降してきます。赤ちゃんの頭がちょっと見えるようになったら(排臨)、会陰保護を開始します。
会陰保護の目的は下記の通りです。
- 会陰が切れるのを予防する
- 便による汚染を予防する
- 赤ちゃんの最後の回旋を補助する
- 児頭が勢いよく飛び出てくることを予防する
主に助産師さんが会陰保護をしている場面が多いと思いますが、実はたくさんの重要な意味があります。会陰保護が不十分だと傷が大きくなるばかりか、肛門の方まで傷が延長してしまって危険なのです。
会陰は平均で約26.7cm伸展します。一方、赤ちゃんの平均頭囲は33.5cm程度。頑張って会陰をマッサージしたり伸ばしたりしても、相応の傷が出来てしまうのは仕方ないことだと思います。
2. 会陰裂傷を少なくするために
会陰裂傷を少なくするためのポイントは、「児頭の通過をできる限りゆっくり行わせる」ということです。
既に出産経験のある方なら分かると思いますが、頑張っていきんでもらった後、”もう力を入れないで!”と声かけされる場面があったと思います。これは児頭の1番大きい所が通過したタイミングで、助産師さんの誘導のみで赤ちゃんを娩出することが出来る状態です。ここで妊婦さんがいきみ続けてしまうと、赤ちゃんが勢いよく飛び出し危険なばかりか、会陰裂傷も大きくなってしまうのです。
つまり器械分娩(鉗子分娩や吸引分娩)の場合は、産道を一気に赤ちゃんが通ってくることになるため、会陰裂傷は大きくなることが多いです。
他にも、初産婦・巨大児・母体の体格・会陰の伸展度が裂傷の大きさや深さに関与してきます。会陰マッサージはある程度の予防効果があると言われています。
3. 会陰裂傷の分類
子宮や腟のすぐ後ろには直腸が位置しているので、会陰の近くには肛門があります。
腟壁や会陰は血流も豊富で、縫合処置で綺麗に治癒することがほとんどです。一方、肛門の筋肉や直腸まで切れてしまうと、+αの処置を要し、綺麗に傷がくっつくかの入念なフォローが必要となります。
会陰裂傷は、裂傷の程度によって第1〜4度に分類されます。
- 第1度会陰裂傷=会陰の皮膚・腟粘膜にのみ限局
- 第2度会陰裂傷=会陰の筋肉の裂傷を伴う
- 第3度会陰裂傷=肛門括約筋に裂傷が及ぶ
- 第4度会陰裂傷=直腸粘膜に裂傷が及ぶ
通常のお産では第2度会陰裂傷が多いと思います。第1度会陰裂傷だと、傷小さくて良かったね、というイメージです。
第1〜2度会陰裂傷の場合、裂傷が出来た腟と外陰部を、溶ける糸で元通りに合わせて終了です。しっかりと縫合しないと血腫が出来てしまうことがあるので、層と層を合わせるように底までしっかり取ります。
一方、肛門の筋肉に裂傷が及ぶ第3度会陰裂傷では、断裂した肛門括約筋を縫合しないといけません。肛門括約筋はお尻の穴をキュッと締める時に使う筋肉なので、ここが上手く縫合出来ていないと便失禁になる可能性があります。処置後は創部への負荷を減らすために、便を軟らかくする薬を内服してもらいます。感染を併発すると傷が治りにくくなるので、抗菌薬も使用します。
第4度会陰裂傷は、子宮の後ろに位置する”直腸”にまで裂傷が及んでしまったものです。この場合も、直腸粘膜・直腸漿膜をしっかり合わせる必要があり、直腸に左手の人差し指を挿入しながら、右手で適切に縫合します。この縫合が上手くいかない場合、直腸腟瘻などの合併症が生じる可能性があります。
直腸腟瘻とは、直腸と腟との間に異常なトンネルができるものです。例えば腟からガスが漏れるとか、腟から便が出るとか、そういった症状が生じ得ます。非常に小さな穴であれば自然に治癒することもありますが、多くは感染を併発していることが多く、しっかり洗浄した上で麻酔下に縫合術を行う場合が多いです。
4. 会陰切開ってどういう時にするの?
会陰切開がどういう時に必要なのかは、分娩を担当する産婦人科医によっても意見が割れるところです。しかし、会陰切開は必要な時にのみ行うというのが大前提で、ルーチンで全妊婦に行うものではありません。
具体的には、
・赤ちゃんが具合悪そうだから早く分娩にしたい
・傷が大きくなることが予想される(巨大児・器械分娩など)
・会陰の伸びが悪く複数箇所の裂傷が出来そう
などが挙げられるでしょう。
また、会陰切開を入れるタイミングも重要です。切開を入れる前に出来るだけ会陰を伸ばすことで、結果として出来る傷が小さくなるからです。そろそろ切れそうだなというタイミングまで待って、出来るだけ小さい切開を行うというのがその後の痛みの軽減につながります。
ごく稀にどうしても会陰切開はして欲しくない、という方がいらっしゃったりするのですが、そもそも必要だから行うわけですし、会陰切開にも意味があるのでご了承下さい。会陰切開が必要であったにも関わらずそれを行わなかったために、第4度会陰裂傷や直腸腟瘻を生じ、後々まで後遺症に悩まされたりする症例もあるのです。
また、会陰切開はイラストのように、「正中側切開法」と言って5時方向または7時方向に斜めに切開を入れることが多いです。以前は6時方向に真下に入れていることもあったのですが、その場合は肛門付近まで傷が延長してしまうことが多く、第3〜4度会陰裂傷が生じやすいデメリットがありました。
正中側切開の場合は切開創が延長しても肛門を避けてくれるため、安全性が高いと考えられています。しかし斜めに傷を入れる分、どれだけ綺麗に縫合しても傷が腫れたり痛みが強くなったりします。
産後は血栓予防のためにもたくさん動いてもらわなければならないので、痛みを我慢せずに、適切に痛み止めを飲んで対応しましょう。
5. 分娩後のお母さんの処置の流れ
以前、分娩後の赤ちゃんの流れについてまとめました。
お母さんサイドはどのような処置が必要になるか、今回のことを踏まえてまとめてみます。
- (必要時は会陰切開をおいて)児娩出
- 胎盤娩出
- バイタルサイン(血圧・脈拍など)のチェック
- 出血量チェック
→輪状マッサージ・子宮収縮薬投与
→異常出血が疑われる場合はその対応 - 出血が落ち着いたことを確認
- 頚管(子宮の出入口)が切れていないか確認
- 腟がどの程度切れているか確認
- 外陰部がどの程度切れているか確認
→第3〜4度裂傷が疑われる場合、直腸診施行 - 創部を縫合
- 器械をかけて縫合不全がないか確認
- 消毒後、再度直腸診施行し異常がないか評価
胎盤娩出〜最後の診察まで、平均15〜30分程度の処置です。第4度会陰裂傷の場合は1時間程度要することもあります。
縫合時は適宜局所麻酔を施行していますが、腟の奥の方を縫っている時などは器械を開くことによる痛みがあったり、そもそも麻酔が効きづらかったりして痛みを強く感じることもあります。痛かったら痛いと訴えてもらえればその都度可能な範囲で対応できますのでおっしゃって下さいね。
また、生まれたばかりの赤ちゃんは、それだけで癒し効果・鎮痛効果があるので、落ち着いて処置が出来るような時は赤ちゃんと早期接触を図ってもらいながら進めています。母性・愛情ってすごいなと常々感じています。
今回は会陰裂傷・腟壁裂傷についてまとめてみました。なんとなくイメージが湧いたでしょうか?
これからも産婦人科の話題が身近に感じられるように記事を積み重ねていければと思います。リクエストなどあれば、お気軽にご連絡下さい。
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こんにちは、ゆきです。産婦人科医として働いています。