先日、吸引分娩についてまとめてみました。
今日は器械分娩のもう1つの手技である鉗子分娩について記載します。
鉗子分娩は吸引分娩よりも歴史が長く、古くから使用されている分娩方式です。吸引分娩と比較して牽引力が優れるため、鉗子分娩でないと出ない症例というのもあるのではないでしょうか。
ただ地域差もあるため、施設によっては鉗子分娩はほとんど行っていない、ということもしばしば。
私は新米産婦人科医の頃から鉗子分娩で育ったので、今でも鉗子分娩の方がやる機会が多いですが、症例によってどちらを選択した方が良いのかは必ず見極めています。
妊婦さんにとっては、どちらが出てくるかはその時になってみないと分からないでしょう。
今日はそんな鉗子分娩について、少し覗いてみましょう。
目次
1. 赤ちゃんに圧力がかかる部位
吸引分娩は頭にカップをつけて牽引するため、どうしても赤ちゃんの頭にそれなりの圧力がかかってしまいます。
多くは経過観察可能な範囲ですが、大変な症例だったりすると、帽状腱膜下血腫などをきたし、出血性ショックをきたすこともあります。
一方、鉗子分娩は上のイラストの通り、”適切な位置に鉗子をかけることが出来れば”赤ちゃんの頬骨を中心に圧が分散され、頭にはほとんど力がかかりません。
赤ちゃんの頭部に関していえば、鉗子分娩の方が赤ちゃんにとって愛護的と考えられます。
2. 鉗子ってなに?
日本で最も使用されているのが、上のイラストに示すNaegele鉗子(ネーゲレ鉗子)です。その他、特殊な鉗子もいくつかあるのですが、今回はNaegele鉗子を代表として説明します。
鉗子は、母体の左側に入れる「左葉」と右側に入れる「右葉」の2パーツあり、それを合致させて赤ちゃんを牽引していきます。
ご覧の通り弯曲しており、児頭の弯曲・骨盤の弯曲の両方に沿った形になっているので、児頭への負担が少なく、かつ骨盤誘導線に沿って牽引しやすいような構造です。
3. 鉗子分娩の適応と要約
鉗子分娩にも吸引分娩同様、適応・要約が定められています。
- 分娩第2期の遷延・停止
- 母体合併症や母体疲労のために分娩第2期短縮が必要と判断された場合
- 胎児機能不全
適応は吸引分娩と全く同じです。要約もほとんど同じですが、
吸引分娩では⑤が「児頭が嵌入している」だったのに対し、
鉗子分娩では⑤が「鉗子適位(Station+2より児頭が下降している)」に変わっています。
- 妊娠34週以降
- 児頭骨盤不均衡の臨床所見がない
- 子宮口が全開大している
- すでに破水している
- 鉗子適位である
適応と要約は、必ず”全て”満たしていなければなりません。
4. 実際の流れは?
①鉗子を挿入する前の準備
まず内診をし、適応や要約が満たされていることを確認します。
吸引分娩以上に最も気にしないといけないのが「児頭の回旋」。すなわち赤ちゃんの頭がどのように向いているかです。
鉗子は金属の硬い器械。
赤ちゃんの頬骨や上顎骨を牽引する分には問題ありませんが、もし誤った方向にかかってしまうと赤ちゃんの目を損傷してしまったりするリスクがあるからです。
したがって、赤ちゃんの頭が横向きだったり、横に近い斜め方向であれば、鉗子分娩を行うことはできません。この際、内診のみでなくエコーも併用して客観的に評価する方法(経会陰エコー)が用いられたりもします。
(正確に言えば、キーラン鉗子という別種類の回旋鉗子で児頭の向きを直してから娩出とすることはできますが、Naegele鉗子のみでの分娩は叶いません)
回旋が問題ないことを確認できたら、膀胱や直腸を空虚にして、準備完了です。
②鉗子を挿入する
準備が整ったら、まずは鉗子の左葉・右葉両方を持ち、合致するかを確かめます。
鉗子は左右のパーツが対になっていて、ペアのもの以外とは合致しないため、必ず挿入前に確認しなければなりません。
しっかりペアであることが確認できたら、まず左葉から挿入していきます。
術者の右手を妊婦さんの左の腟壁と赤ちゃんの頭の間に挿入し、妊婦さんの右足内側を通過するようにしながら送り込んでいきます。
すると鉗子自体の重さを利用し、特に力を入れることがなくとも、自然に骨盤・児頭の弯曲に沿って鉗子が進んでいくのです。
上のイラストで言うと、挿入前が①、挿入後の鉗子の位置が②です。
鉗子が十分な深さに挿入されると、鉗子の持ち手の部分はほぼ水平となり、適切な位置に収まります。
左葉が挿入できたら、次に右葉の挿入です。
基本的には同様の手技を、左右反対で行えばOK。
適切な位置に鉗子を送り込めると、イラストのようにこめかみあたりの位置に収まってくれます。
③鉗子を合致させて試験牽引する
左右両方を腟内に入れることができたら、次に鉗子接合部の合致を行います。鉗子が正しく挿入されていれば、軽く近づけるだけで簡単に合致します。
合致しなければ挿入が上手くいっていないことが多いため、再度挿入をやり直したり、鉗子分娩が困難だと判断して帝王切開術への移行を考慮したりします。
無事に鉗子が合致できたら、軽く児頭を引っ張り試験牽引を行っていきます。
これによって赤ちゃんの頭がしっかりついてくるかを見極め、問題なければ一度合致を解除して次の陣痛を待ちます。
④牽引する
いざ陣痛が来たら、妊婦さんの怒責に合わせ、
“1(下向き)→2(水平)→3(上向き)位”
と、徐々に方向を変えながら牽引していきます。ゆっくり持続的に引っ張ることがポイントです。
さらに途中で会陰切開を入れ、母体の裂傷を最小限にするよう図ります。
吸引分娩と異なり、鉗子分娩は1回の牽引で赤ちゃんを娩出させることが原則。1回のチャンスしかないのです。
鉗子分娩で娩出できなかった場合は、超緊急帝王切開に移行して素早く赤ちゃんを娩出させるよう動きます。
⑤鉗子を抜去する
赤ちゃんの頭がある程度でたら、愛護的に鉗子を取り出します。
挿入とは逆に、まずは右葉から、続いて左葉という順番で抜去しています。
決して無闇に引き抜くことはせず、児頭や産道の損傷を防ぐために弯曲に沿って抜くことを意識しています。
5. 鉗子分娩の合併症
赤ちゃん側の合併症としては、鉗子で押されていた部分の損傷が問題になります。
鉗子分娩の後は、鉗子で押されていた部分が赤くなってしまう鉗子圧痕を認めることが多いのですが、こちらは基本的には数日で軽快します。
ただ、強く引っ張る必要があったりすると、皮膚に擦り傷ができてしまったり、一時的に顔面の神経麻痺をきたしてしまう場合もあります。
また先述の通り、赤ちゃんの回旋異常などがあると目に鉗子がかかってしまうことがあり、その場合は角膜や眼底に損傷がないかを評価する必要が出てきます。
母体の合併症としては、吸引分娩よりも更にお産による傷が大きくなると言われています。鉗子の適切な牽引や会陰保護を駆使して、できる限り最小限の傷になるよう努めます。
鉗子分娩は吸引分娩と同じように語られることが多いかと思いますが、詳細をみてみれば違う点も多々あり、奥深い分野です。
赤ちゃんに対しては鉗子分娩の方が愛護的、妊婦さんに対しては吸引分娩の方が愛護的…などと言われたりもしますが、例えば鉗子が赤ちゃんの眼にかかってしまったりしたらそうとも言えなくなってしまうわけで、1症例1症例、気を引き締めながら向き合う日々です。
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こんにちは、ゆきです。
とある周産期施設で産婦人科医として働いています。