こんにちは、産婦人科医のゆきです。
今回は羊水塞栓症について。
以前記事にもしてありますが、その後数年の間に私の病院でも羊水塞栓症を経験したので、簡単にその時の心境などをまとめてみようかと思います。
症例の詳しい内容は記載できませんし、症例の特定がされないよう一部脚色を挟みますので、ご了承ください。
以前の記事は下記のリンクから。お時間のある方は、ぜひこちらもご参考ください。
目次
1. 羊水塞栓症とは
羊水塞栓症は、産婦人科医が一生に一度も経験しないか、あっても数例程度の経験にとどまる疾患です。
それだけ珍しいものといえます(頻度は3万分娩に1例程度とされます)。
そして、今まで特に何の異常も指摘されていなかった妊婦さんと赤ちゃんを突然死の淵に誘い、何が何だかわからないまま命を奪い去ってしまう、地獄の疾患です。
母体の血液の中に「羊水」や「胎児成分」が流入することによって引き起こされるとされ、
発症する素因やリスク因子としては下記が挙げられます。
- 急速に進む分娩
- 羊水混濁(羊水が濁っている)
- 子宮や骨盤内血管に裂傷がある(頸管裂傷など)
- 高年妊婦
- 予定日を過ぎている
- 羊水量が多い
- 分娩誘発、人工破膜
- 帝王切開
- 鉗子分娩・吸引分娩
- 常位胎盤早期剥離
- 子癇発作
- 前置胎盤
どうでしょう。本当に多種多様であり、どれにも当てはまらない人の方が少ないくらいですよね。
「〇〇が原因だから羊水塞栓症になった」と医療者側が名言できないことが多いのは、こんな理由からです。
何が原因だったのか、わからないことが多いのです。
2. 羊水塞栓症はアナフィラキシーと似ている?
先ほど、羊水塞栓症は羊水がお母さんの血液の中に入ることで起きる疾患と説明しました。
しかし、正常な分娩であっても、ある程度の羊水はお母さんの血液中に流入していることが確認されており、羊水が入ったからといって、必ずしも羊水塞栓症に直結するわけではありません。
それでは一体、羊水塞栓症とは何なのか。
昨今、羊水塞栓症は、羊水や胎児成分に対するアナフィラキシー様の反応(=アナフィラクトイド反応)ではないかと考えられています。
アナフィラキシーとは、いわゆるアレルギーの超重篤な症状です。
説明すると煩雑になるので省きますが、このアナフィラクトイド反応により、出血量に見合わない血圧の低下や、血液がサラサラになって全く止まらなくなってしまうDICなどが発生すると言われています。
「突然発症」し、「急速に重篤な状況になる」羊水塞栓症。早期に発見し、速やかに処置を行っても、助けられないことも多いです。報告によって異なりますが、母体救命率は40%程度とされています。
3. 羊水塞栓症が起こった日のこと
深夜に携帯電話がなりました。
今日は呼び出しの担当日ではないのにどうしたんだろう、と出ると、
「羊水塞栓症かもしれない。人員が必要だから、すぐに手術室まで来て欲しい」と。
血の気が引く思いで、病院まで全速力でかけつけました。
上にお子さんがいる経産婦さん。妊娠経過中は特に問題なかった方です。
計画無痛分娩だったのですがうまく進行せず、次の日に持ちこしていたところ、夜間に赤ちゃんの心音異常が発生し緊急帝王切開を実施。その後、赤ちゃん娩出後に急に心停止となってしまったとのことでした。
病院一丸となって、全てのことを行いました。他の科の先生の応援もよび、速やかに処置を始め、大量の輸血を行いました。一時的に心拍は取り戻したものの、願いは叶わず、そのお母さんが赤ちゃんを抱っこできる日は来ませんでした。
心臓マッサージをしている間、旦那さんや上のお子さんが手術室まで来て、必死に語りかけている言葉がいまでも脳内に焼き付いています。
「赤ちゃんと会ってきたよ。可愛かった。でも君がいないとどうやっていけば良いのかわからないよ。」
その後、病院でも症例の検討会を複数回行いました。
何か原因はあったのか、緊急帝王切開を行ったタイミングはどうだったのか、羊水塞栓症を疑った後に行った処置に問題はなかったか。
ただ、はっきりとした理由も答えも分かりませんでした。
直接担当していた産婦人科医は、あまりのショックで一時的に臨床の場から離れてしまっています。
その後のご家族の辛さやご苦労は考えるに及びません。
何もなければ今頃は家族4人で楽しく暮らしていたのかな、と今でも考えてしまう自分がいます。
母体や胎児が急速な危機に晒された時、一番に産婦人科医の頭に浮かび、どうかそうであっては欲しくないと願う疾患が「羊水塞栓症」かもしれません。
全ての人の出産が無事に終わり、幸せな育児を送れますようにと、願うばかりです。
最後に、少しでも多くの方にこのブログをご覧いただけるよう、応援クリックよろしくお願いします!