今回は少し趣向を変えて、仮の症例を元にしたケーススタディ形式でまとめてみようと思います。
”こんな患者さんが担当患者さんとして受診したら?”
を想定して、疾患の説明や治療方針などについて説明していきます。
今日は症例①として、前置胎盤の妊婦さんの症例をみてみましょう。
「4. 癒着胎盤の可能性も含めた説明を」の項目については、私が日頃前置胎盤の妊婦さんの手術説明の時に話している内容を全て詰め込んだつもりです。そこだけでもぜひさらってみて下さい。
目次
1. 妊娠20週の妊婦健診にて

赤ちゃん元気かな〜。
Aさん
35歳 1回経産婦(前回は骨盤位のため帝王切開分娩)
体外受精で妊娠成立。
妊娠20週の妊婦健診を受診。
お腹からのエコーの他、内診台で頸管長や胎盤位置の評価も行われた。
頸管長は問題ありませんが、胎盤の位置が低いです。
今のAさんは、内子宮口という子宮の出入り口を胎盤が全部覆っているような状態(Total previa)で、前置胎盤が疑われます。

胎盤の位置は子宮が大きくなるにつれて上行することもあるので、もう少し様子をみましょう。妊娠30週頃に再評価しますね。
胎盤の位置…。上の子の妊娠時は特に何も言われなかったなあ。
とりあえず様子見って言われたから、あまり気にしないようにしておこう。
通常、妊娠20週前後で頸管長と胎盤位置の評価を行います。
前置胎盤で1番問題となるのは、ズバリ”出血”。
産科危機的出血に至ることもある上、早産リスクも高く、注意深い管理が求められます。
前置胎盤の症例で、「自院では対応が難しい」と判断した場合は、妊娠31週末までに高次医療機関を紹介し、妊娠32週末までに他院受診が完了するようにしないといけません。
そのため、私は妊娠30週頃までにはある程度の診断をつけ、方針を検討するようにしています。
詳細は下記の記事も参考にして下さい。

2. 妊娠30週の妊婦健診にて

とりあえず出血とか腹痛はなかったぞ。胎盤の位置どうなってるかな…。
妊娠30週での診察でも、胎盤の位置は低いままでした。
Aさんは全前置胎盤という診断になりました。
出血リスクが高いため、性器出血があればすぐに相談するよう説明されます。
…!!
先生、ちょっと色々と聞きたいことがあります!
1. 前置胎盤って何が原因で起きるの?頻度は?
前置胎盤は、受精卵が通常よりも下側に着床したことにより起こると考えられています。
頻度は全妊娠の0.3〜0.5%程度です。
2. これから胎盤が上がる可能性はどれくらい?
妊娠20週〜23週で前置胎盤と指摘された症例で、分娩時まで前置胎盤である頻度は34%と報告されています。
一方、24〜27週では49%、28〜31週では62%、32〜35週では73%だそうです。
3. 胎盤が低いと経腟分娩はできないの?
できません。胎盤が上がらない限り、帝王切開での分娩が必要になります。
前置胎盤の場合、妊娠37週台で帝王切開の予定を組むことが多いです。
4. 気をつけることは?
出血に注意して下さい。
ごく少量の出血であっても、その後の大出血の前兆である可能性があるので、夜間・早朝でも必ず相談して下さい。
前置胎盤からの出血は時に蛇口をひねったような大量出血になることがあり、命に関わることもあります。
お腹の張りが出血の要因になることもあるので、激しい運動や腹圧のかかる動作は控えるようにしましょう。張っているなと思ったら、適宜休息を入れましょう。
5. 今後のスケジュールは?
出血なく経過したと仮定して説明します。
病院によって管理方法に少しずつ違いがあるのですが、Aさんの場合は次のように予定を組んでいこうと考えています。
- 妊娠33〜36週頃:自己血貯血(計1〜3回採取)
- 妊娠34週頃:MRIを撮像
- 妊娠37週頃:帝王切開術
※病院によりますが、妊娠32〜34週頃から管理入院にすることも多いです。
3. 妊娠33週、ついに出血…!

さっきトイレに行った時に出血がありました。
続いているわけではないのですが、出血があったらすぐに来てって先生に言われていたので…。
よく来て下さいましたね。
Aさんは前置胎盤という診断なので、この出血は「警告出血」と言います。入院して様子をみましょう。
35歳 1回経産婦
#妊娠33週 全前置胎盤、警告出血
#既往帝王切開後妊娠
#IVF妊娠
診察所見:
腟鏡診で少量の出血を認めるが持続はしていない。
頸管長は25mm程度。
胎盤は内子宮口に2cm程度覆いかぶさっている。
胎児の発育は良好。
胎児心拍数陣痛図で痛みを伴わない不規則な子宮収縮を認める。
私にはこの後、どういう治療が必要になるのでしょう…。
色々説明して下さい。
1. これからすぐに行う治療は?
Aさんには下記のような治療を行っていく予定です。
- 子宮収縮抑制薬:お腹の張りを抑える
- ステロイドの投与:胎児の肺成熟を促す
- 鉄剤投与:貧血を改善して自己血や輸血の準備
- 安静
妊娠週数が経るにつれて、子宮収縮の頻度が増し、今回のような警告出血をきたすリスクが高くなります。
そのため今回のように警告出血や子宮収縮を認めるような場合は、張り止めの点滴を開始して妊娠週数を少しでも延長させるよう努めます。
また、妊娠34週未満での出産が予想される症例に対しては、赤ちゃんの肺の成熟を促すこと等を目的として、母体にベタメタゾンというステロイドの筋肉注射をうつことも検討されます。
またいつ緊急で帝王切開になっても良いよう、鉄剤投与による貧血の是正を行い、余裕があれば自己血の貯血を、時間的余裕がなければ他己血の準備を進めていきます。
2. 手術の前にやる検査は?
事前に超音波検査で胎盤の位置や癒着の有無を確認しておく必要があります。
Aさんの場合は前回が帝王切開妊娠なので、癒着胎盤の評価を目的とした骨盤部MRIの撮像も検討したいところです。
その他、通常の術前検査として行う採血・心電図なども施行します。
3. 予定通りの日程で帝王切開できる?
今回のように警告出血があった症例は、緊急帝王切開率が高いと言われています。そのため、予定を早めて緊急で手術になるリスクも十分高いと考えておいて下さい。
実際は子宮収縮抑制薬や安静などの治療を行った上で、その経過をみて判断していくことになります。
4. 癒着胎盤の可能性も含めた説明を

緊急帝王切開術が必要になった時のために、あらかじめ手術についての説明を行っておきますね。
帝王切開の流れについては、下記の記事も参考にして下さい。

1. 出血量の多い帝王切開になる
普通の帝王切開の場合の平均出血量は大体1000mL程度とされています。
これでも十分多いと感じられると思いますが、前置胎盤の場合は更に出血量が増える傾向があります。
症例によりますが、1.5〜2.5倍程度になると構えておいて下さい。
子宮の下部は上部と比較して相対的に収縮力が弱いため、胎盤剥離面からの出血が制御できず、出血量が増えてしまうのです。
2. 自己血や他己血を準備して手術に臨む
だからこそ、自己血や他己血の準備が必要になりますし、それに対応できる大きな病院での分娩が必要になります。
輸血を要する時に躊躇してしまうと、出血がさらに増えたり、術中に止血が困難になってしまう状況に陥ったりすることもあるため、しっかりと備えておくことが何より大切です。
3. 胎盤が前側か後側かでも難易度は違う
胎盤が前側についているのか、後側についているのかでも手術の難易度は違ってきます。
帝王切開時、子宮は通常”前壁下方”を切開するのですが、子宮の切開予定部に胎盤が位置していると厄介なのです。
術中の出血を少なくするには、出来れば胎盤を避けて子宮筋の切開を行うことが望ましいとされています。
したがって、切開予定部に胎盤が付着してしまっている症例については、術中に超音波検査を併用して胎盤の位置を再確認したり、子宮底部(子宮の上部)を切開して胎盤を避けたりしています。
4. 癒着胎盤があればさらにリスクが増す
前置胎盤の約5〜10%が癒着胎盤を合併します。
前置癒着胎盤の頻度は、
・手術既往がない子宮→約3%
・帝王切開1回既往→11%
・帝王切開2回既往→39%
・帝王切開3回以上既往→60%
と報告されています。
すなわち、Aさんは10%程度の確率で癒着胎盤のリスクがあると言えます。10人に1人の確率…かなり高いと思って下さい。
また、胎盤が前回の帝王切開創部にかぶっているとそのリスクは更に高まります。
超音波やMRI検査などによって、事前の診断精度が向上してきてはいますが、完璧に診断をつけることは未だに難しいです。だからこそ、癒着胎盤の可能性を想定して動いていく必要があると言えます。
5. 子宮腔内バルーン挿入やcompression suture

子宮の収縮が悪いと判断した際、速やかに子宮を圧迫する処置を行うことがあります。
まずは用手的に行い、それでも止まらなければ子宮を中から圧迫する子宮腔内バルーン挿入、外から圧迫するcompression sutureを行っていきます。
術中に出血が一見制御できているように思えても、帰室後に多量出血を認めることがあるので、これらの処置を予防的に行うことも許容されています。
6. 子宮動脈塞栓術や子宮全摘術
圧迫しても出血が止まらない時もあります。
そういう場合は、施設の対応能力に応じて子宮動脈塞栓術や子宮全摘術を行います。
子宮動脈塞栓術は基本的に産婦人科医ではなく、放射線科の先生が行うことが多いかと思います。そのため放射線科の協力が不可欠。夜間の緊急時は対応が難しいこともあります。
また、前置胎盤の3.5%に子宮摘出が必要であったという報告があります4)。
特に癒着胎盤の合併が疑われる場合は、子宮全摘術まで至ってしまう可能性についてもご理解頂かなければなりません。
もう1人子供が欲しいと考えているんです。
絶対に子宮全摘しないとダメですか…?
もちろんできる限り子宮全摘術にならないよう、全力を尽くします。
ただ様々な手を尽くしても止血が困難な場合は、母体救命を目的として子宮全摘術という最終手段を取らないといけないこともあります。
前置胎盤の最重症合併症は母体死亡。
赤ちゃんとお母さんが元気に手術を終えられることが一番なので、命に関わると判断した場合は躊躇せず子宮全摘術に移行する可能性もあるということは、納得して頂きたいです。
実際、私も癒着胎盤の症例で子宮全摘術を行った経験が複数回あります。
そういう症例の時は1分の迷いが更に出血を増やし、母体の命の危機に扮することもあります。
いざそういう時にすぐに判断できるよう、術前にしっかりと説明をし、理解してもらえることが重要であると考えています。
今日は前置胎盤・癒着胎盤の症例に対する説明はこんな感じ、という記事を書いてみました。
今後もいくつかシリーズ立てていければと考えています。
この症例は自分に近いかも!という方の目に入り、少しでも参考になれば嬉しいです。
最後に、少しでも多くの方にこのブログをご覧いただけるよう、応援クリックよろしくお願いします!

こんにちは、ゆきです。産婦人科医として働いています。