受験・勉強法

筑駒の合格体験記[卒業生が当時の生活や成績推移を公開]

少年
そら

こんにちは、そらです。
東大医学部を卒業し、現在は医師・医学研究者として働いています。

筑駒についてよく知らないという方は、以前の記事をご参照ください。

教室
筑駒ってどんな学校?筑駒ってどんな学校?頭が良いイメージがあるけど、具体的な偏差値や進学実績は?校風は?勉強ばかりで辛くない?といった疑問を持っているもいらっしゃるのではないでしょうか?中高6年間、筑駒に在籍していた私がこれらの疑問にお応えします。...
学生
卒業生が教える筑駒の良かった点6つ、良くなかった点3つ筑駒での教育ってどうなの?学校の授業だけで東大や医学部に行ける?いじめはない?学費はどれくらい?これらの疑問を解決するために、中高6年間筑駒に在籍していた私が筑駒に入って良かったこと、良くなかったことについて、リアルな声をお届けします。...

先日、読者の方から、

そらさんは中学受験で筑駒に合格されたとのことでしたが、初めから優秀だったんでしょうか?
参考までに具体的な成績の推移を教えて頂きたいです。

とのコメントを頂きました。

確かに中学受験未経験の方には、難関校に合格した生徒が実際にどのような過程を経て合格したのかイメージが湧きにくいかも知れません。かなり昔の記憶になりますが、せっかくなので覚えている範囲で公開しようと思います。

ただし私が受験をしたのは10年以上前である事、そしてあくまでたった1人の経験談に過ぎない事に注意した上で、ご参考にしていただけますと幸いです。

1. 小学1-3年の過ごし方

少年

ごく普通の小学生でした。基本的には誰とでも仲良くなるようなタイプでしたが、学級委員タイプの姉とは違って目立つのは苦手でした。

思い返して、他の人と違っていたなと感じるのは、

  • 何かに熱中すると周りが見えなくなるような特性
  • 素直な性格

です。

体を動かすのが好きな子供だったので、放課後は毎日のように友人達と公園で遊んでいました。公文などの勉強系の習い事は特にしていなかったですが、家では母親と一緒に計算ドリルや漢字ドリルをやっていました。「〇〇枚やったら遊びに行って良い」というような感じだったと思います。

そのおかげか、小学校のテストではクラス1番でした。ですが、公文に通っている友人たちの中には自分よりも明らかに進んでいる人もいたように思います。

小学校2年生からは、習っていたサッカーをやめて地元の野球チームに入りました。かなり強いチームで、練習も週3~4回くらいあった気がします。この時期は野球に熱中していました。

小学校3年生になると通信教育を始めました。日能研の「知の翼」というシリーズです(調べてみたところ、残念ながらすでに終了してしまったようです)。これまでやってきたドリルと同じような感じで、通信教育も毎日少しずつこなしていました。

母親は当初、小学校3年生から日能研にはいる事を考えていたようで、母に連れられて一度テストを受けに行きました。その試験の結果が芳しくなく、一番上のクラスには入れませんでした。私も野球を続けたかったこともあり、結局このタイミングで日能研に入ることは辞めました。

2. 小学4年生の過ごし方と成績

生徒 授業

小学4年生になると、野球を辞めて日能研に入ることになりました。入塾試験ではなんとか1番上のクラスに入る事ができましたが、成績は上から数えて20番くらいだったと思います。

日能研は成績の良い人から順番に前に座るシステムなので、かなり後ろの方に座らされました。2学年上の姉は校舎内でいつもトップの成績で表彰されていたので、初めは非常に肩身の狭い思いをしました。「お姉さんは優秀なのに・・・」と言われたこともあり、「家族に申し訳ないな」と思った事を覚えています。

これは流石にまずいと思い、姉に勉強の仕方を聞きながら真剣に勉強するようになりました。当時の日能研には、「カリキュラムテスト」という定期試験と、「公開模試」という実力テストがありました。一番初めのカリキュラムテストで校舎内1位をとることができ、安心したと同時に、勉強すれば良い成績を取れるんだと思った事を覚えています。

入塾直後の時期に最も大変だったのは、試験を最後まで受けきることです。入塾して半年程度は試験を最後まで受けられないことが頻繁にありました。試験を受けている途中に猛烈な吐き気に襲われてしまうのです。

頭では良い成績を取りたいと思っていますが、実力がないので当然解けない問題に直面します。そうすると、その状況を受け入れられないからなのか、だんだんと吐き気が強くなってくるのです。

正直かなりしんどかったですが、自分の中では実力がない事、そして自分に自信がない事が原因だとはっきり分かっていました。そのため、とにかく勉強して実力と自信をつけるしかないと思い勉強に励みました。実際に実力がつくにつれてこの症状は出なくなり、4年生の後半にはほぼ完全に克服しました。

その後も継続して勉強していたので、校舎内では1~3位くらいで推移していた気がします。一方、これまでの積み重ねがなかったため、公開模試では思うような成績を出せず苦労しました。悔しかったですが「実力がないから仕方ない」とある程度割り切っていました。後半になるにつれて少しずつ成績も安定するようになり、公開模試とカリキュラムテストの差が無くなっていきました。

4年生の中盤頃から志望校を意識するようになりました。仲の良かった友人の兄が麻布中学にいたので、毎年文化祭にも行っていました。

麻布生をみて、当時の私は
「自分もこんな自由な中学生活を送りたい」
と強く思ったのを覚えています。それくらい、麻布中学は魅力的に見えました。

それからというもの、私は塾の先生に「麻布中学に行きたい」と公言していました。入塾時点から成績は徐々に上がっていったものの、4年生終了時点では麻布中学の合格ボーダーライン上くらいの成績だったと思います。この頃には「家族に申し訳ない」という動機から、「麻布中学に合格したい」という思いに変わっていったような気がします。

3. 小学5年生の過ごし方と成績

勉強

小学5年生になると塾の頻度も増えて、さらに勉強に専念するようになりました。私はあまり家で勉強できないタイプだったので、塾の無い時間帯は基本的に自習室で勉強するようにしていました。あまりにも常に自習室にいたので、塾のスタッフの先生方やチューターの先生と仲良くなりました。

塾のチューターの先生が忙しくて質問者がつまっている時間帯は、私が代わりに質問に答えていました。それくらい仲がよかったです。当時はあまり考えていなかったですが、周りの友人や後輩に分からない問題を教えてあげる事で、自分自身も成長できたような気がします。

5年生の前半の頃には塾での成績が安定してきて、校舎内では基本的に1位を取る事ができるようになっていました(比較的小規模な校舎ではありましたが・・・)。そこで、次は全国の順位表で上位に載りたいと思うようになりました。個人情報保護のため廃止されたようですが、当時の日能研は、試験ごとに全国の成績上位者の実名が公表されていました。20位以内だと漢字で、それ以降はカタカナで表示されるというシステムでした。全国順位表に漢字で載りたいと思うようになり、勉強に励みました。

この頃、勉強を頑張った大きな理由の1つが特待生制度でした。今はあるか分かりませんが、当時の日能研は成績上位者に授業料免除のシステムがありました。半年ごとに更新され、「6回の実力テストのうち4回以上で全国100位以内に入る」くらいの基準だったように思います。

子供ながら、なんとか家族の負担を減らせればと思い、特待生になるために勉強に励みました。その結果、5年生の後半の試験でこの基準をクリアする事ができ、特待生になりました。特待生になる事が決まった日は今でも覚えています。家族も自分のことのように喜んでくれて、すごく嬉しかったです。

5年生終了時の成績で言うと、開成・麻布は合格圏内でした。筑駒に関しては合格ボーダーライン上くらいだったように思います。ですが、当時は筑駒に進学することは全く考えていませんでした。筑駒の文化祭にいった際に、当時の私はあまり楽しいと感じられなかったことと、とにかく麻布に対する憧れが強かったのが理由です。

4. 小学6年生の過ごし方と成績

試験

小学6年生になると、強力なライバルが出現しました。いわゆる「飛び級」をしていた生徒でした。彼は(おそらく)通常の生徒よりも1学年早く受験勉強をしており、小学5年生の時に小学6年生に混ざって授業を受けていました。そして、小学6年生のタイミングで再び小学6年生クラスに入ってきたのです。

彼はとにかく優秀で、彼の成績を超える事が中々できませんでした。当時はとにかく悔しかったです。この時期が私の人生唯一の反抗期でした。試験の毎に順位が張り出されるのですが、見に行くのが怖かったのです。彼に勝つ自信がなかったからです。周りの目線が怖かったのです。次第に試験を受けるのが嫌になりました。試験当時に部屋から出たくないと言って家族を困らせた事が何回もありました。

今思い返すと迷惑な話ですが、家族はそんな自分に全力で向き合ってくれました。決して成績で叱られることはありませんでしたし、常に励ましてくれました。家族の支えがなければ、そこで挫折していたような気がします。

もう1つ私の力になったのは、応援してくれた周りの友人たちです。私が1番を取れなくなった後も、友人たちはいつも応援してくれました。彼らの期待を裏切りたくないという気持ちで勉強に励みました。そこから、自分の中で傲りだったり、心の隙が無くなった気がします。

それからというもの、小学校4年生の最初に戻ったように必死に勉強をしました。その結果成績も上昇し、前回に引き続き特待生の基準も無事クリアしました。毎回ではありませんが全国20位以内にもランクインするようになりました。結局最後まで彼に勝つことはできませんでしたが、今の自分があるのは間違いなく彼のおかげだと思っています(ちなみに、彼とは東大で再開しました。東大卒業後も同窓会でたまに会ってます。)

6年生の途中から志望校別の特訓が始まりました。塾のスタッフの先生から開成コースを勧められましたが、自分は麻布に行きたかったので断りました。筑駒特訓にも誘われた事がありましたが、当時は筑駒にあまり関心がなかったのと、麻布特訓に集中したかったので、こちらも断わりました。

平日はいつもの校舎で、週末は麻布特訓を受けに遠くの校舎に行くという日々でした。麻布特訓では概ねトップの成績でしたが、国語が不安でした。というのも、麻布の国語はかなり特徴的で難しいのです。私の成績は算数>理科>社会>>>国語という感じだったので、麻布との相性があまり良くないのではと思っていました。なので、国語にかなり力を入れて対策しました。私の母も心配していて、麻布特訓の後に国語の先生にお願いして何回も面談してくれました。また、この時期から麻布卒業生の家庭教師の先生を探してくれて、一緒に過去問対策をしてもらいました。母親が私のためにここまでしてくれているのを見て、なんとしても期待に応えたいと思うようになりました。

6年生の後半はかなりの時間を過去問演習に割きました。と言うのも、各学校によって出題傾向がかなり違うため、過去問を研究する事が非常に大切だと考えていたからです。私の場合は、相変わらず麻布に行きたいと思っていたので、ほとんどの時間を麻布演習に使っていました。手に入る過去問は全て解き、2~3周はしたと思います。これはどの試験にも共通していますが、過去問演習と出題傾向の研究は基本だと思います。

そのまま勉強を続け、中学受験の出願をする時期になりました。成績も順調に上昇しており、6年生の後半には、成績的には筑駒も合格圏内でした。初心貫徹で、2月1日は麻布に出願しました。塾の先生と相談して1月に渋谷幕張中学、2月2日に城北、2月3日に筑駒、2月5日に慶應中等部を受験する事にしました。1月の併願については家族内で意見が分かれましたが、母親の強い希望で開智と東邦大東邦を受験する事にしました。私は精神的にタフでないので、なるべく経験を積ませたいと考えていたようです。

最終的に、これら7校全てに合格する事ができました(慶應中等部は筆記試験合格後に辞退)。私自身、志望校に合格できたのは嬉しかったですし、何より家族のみんなが喜んでくれて幸せでした。

5. 進学先の選択

大学

全ての学校に合格した後も、私は麻布中学に進学するつもりでした。なぜなら、麻布中学に入学するために受験勉強をしてきたからです。筑駒も受験しましたが、合格直後は進学するつもりはありませんでした。

一方、私の母親は、つてを辿って筑駒関係者に接触し、筑駒の情報を集めてくれていたそうです。麻布と筑駒の情報を比較した結果、筑駒の校風の方が私に合っているのではないかと考えるようになったそうです。その後、家族会議が開かれました。

筑駒進学を提案された時は、やや困惑しました。ですが、母親の集めてくれた情報を聞いて総合的に考えた結果、最終的に筑駒に進学する事にしました。

主な理由は、

  • 確かに自分の性格的には筑駒の校風の方が合っていると感じたから
  • 筑駒の方が学費が安いため、家族の負担が少ないから
  • よりレベルの高い環境に自分を置いてみたいという気持ちもあったから

です。

塾の友人たちには驚かれましたが、最終的には自分で納得して決めました。麻布に行ってみたかったなと言う気持ちがなかったと言えば嘘になりますが、筑駒での学生生活は非常に楽しかったので、今となっては良かったと思っています。

今回は小学生の頃の記憶を掘り起こしてまとめました。中学受験未経験の方には、難関校に合格した生徒が実際にどのような過程を経て合格したのか、イメージして頂けたのならば嬉しいです。あくまで一個人の例ですが、少しでも参考になる箇所があれば幸いです。

筑駒や東大、医学部関係で気になることがある方は是非コメントください!可能な限りお答えします。

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ABOUT ME
そら
医師・医学研究者 | 東大医学部卒 | 産婦人科医ゆき( @yukizorablog_Y)と夫婦でゆきぞらブログを運営 l 毎日19時に投稿 | 幼少期から医師になるまでの勉強への取り組みや科学的根拠の基づいた医療情報を発信 | 質問箱はこちらhttp://peing.net/ja/yukizorablog
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【そら】
東大医学部→研究医

【ゆき】
◆ 国公立医学部→産婦人科医

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